オフシーズンの大島家のお話。
二〇二二年・十一月某日
「早くいれて~♡ 温かいのを早く~♡」
「ほら、入れるで」
リツコさんは「ああ……温か~い♡」と喜びの声を上げ、娘と一緒に首までコタツに入った。少し誤解をされてしまう言い方をしてしまったかもしれないが、入れたのはコタツのスイッチで間違いない。逆に聞こう、どこに何を入れたと思ったのだ?
「とと、ミカン!」
「ミカンはまだ高い」
レイは『コタツ=ミカンを食べる』と思っているのか、ミカンが無いと言った途端に頬を膨らませて「む~っ!」と唸っている。この頬を膨らませて怒っている様子がリツコさんそっくりなのは微笑ましいような将来が心配になるような、何とも悩ましいところである。
「中さ~ん、私は熱燗かお湯割り~」
「自分で入れて勝手に呑みなさいこのコタツムリ」
リツコさんがコタツを喜ぶのも無理はない。今年の冬はうすら寒いにもかかわらず雪が降らないのだ。雪が降らなければ道路に凍結防止剤の塩カルも散布されない。オートバイが錆びる心配がなく寒い以外の支障が無いからリツコさんを車で学校まで送ることもない。結果、リツコさんはハンドルカバーとフロントシールドを取り付けした冬仕様のリトルカブで安曇河町から約十キロ離れた職場まで通っている。
「や~ん、寒いのに頑張って帰ってきたんだからお酒~」
「お酒を飲むのは結構、こっちは晩御飯の準備をしてるんやから自分でやって」
オートバイ通勤で体が冷えてしまったのはわかるが、自分の事を自分でする習慣をつけないと大人になってから困るのだ。いや、すでに困ったことになってしまっているのだ。
「とと、レイちゃんととのお手伝いする!」
レイはコタツから出てお手伝いをしようとしてくれるのに、リツコさんときたら冬が来るたびに駄目になっている気がしてならない。
「ん~っと、じゃあレイは味見をしてくれるかな?」
今日の晩御飯は安曇河町のB級グルメ『鶏の味付け肉』だ。味付きなのだから味見などしなくても大丈夫だが、食べたそうにしていることだし焼きたてをつまみ食いするのは大層美味い。お茶碗をや小皿は二歳児には少し重い。レイに頼めるお手伝いはこれくらいだ。
「はい、あ~ん」
「にゃあ~ん♪」
まただ、何回言っても『あ~ん』ではなくて『にゃあ~ん』になってしまう。これは早いところ修正せねばならない。
「レイ、『にゃあ~ん』はアカンよ。『にゃあ~ん』は」
「なんで?」
レイが大きく口を開けると『にゃあ~ん』と言ってしまうのはリツコさんの影響に違いない。大きくなるまで、せめて結婚するまでに直しておかないと披露宴のファーストバイトで皆が観ている中で『にゃあ~ん♪』してしまうだろう。
「ママみたいになるで?」
「ママみたいになるの?」
レイは炬燵から顔だけを出して「どうして私がダメなのよ~」と抗議するリツコさんを見て「なんかやだ」と顔をしかめた。
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