披露宴のなんやかんや、そしてその後。

 この日の母はこの上なくご機嫌でした。そりゃそうだ、愛娘の祝いの席なんですから。新婦の母としての大役を終えてからは各テーブルを回ってお酌をしてお酒が飲める人たちを片っ端から酔い潰し、ケーキ入刀では「私もケーキを食べた~い♡」と駄々をこねてお義母さんに「ふふ……困った子猫ちゃんだな」と食べさせてもらったり。口を大きく「にゃあ~ん♪」と開ける母を見て、父が「もう直らへんわ、ほれ」と言っていたのを思い出しました。


 そうそう、ウエディングケーキはお義父さまが作ってくれました。頂点に砂糖細工の私たちのフィギュアが乗った豪華なケーキです。ファーストバイトで一口食べた夫が真剣な顔になってお返しに食べさせてくれました。


「にゃあ~ん、まふっ……」


 もうぐもぐもぐ……おお……イチゴの酸味をクリームが受け止め、土台のスポンジケーキに挟まれたフルーツが一体となってデコレーションを支える。まさに素材のマリッジ……。口の中がハッピーウエディング、大変おめでたいおいしさ。しかもイチゴと生クリームが赤と白でおめでたいからカロリーゼロ。


「レイちゃん、親父さんが『にゃあ~ん』はアカンって……」

「わかってる、でも直らへんねん」


 幼いころからの癖で、大きく口を開けると「にゃあ~ん」と言ってしまいます。まさかここで出てしまうとは、この大島……いえ、浅井レイ一生の不覚。


「これが父さんの本気か、精進しないと」


 お義父さんは「美味いだろ?」と言いたげにニヤリとしました。ケーキは夫へのエールだったのか、父としての威厳だったのか。


 お色直しの衣装チェンジで控室へ向かおうとしたら、本田のおばちゃんが「美紀ちゃん、一曲歌って!」って言いだして、しかも美紀様ときたら「じゃあ、私の持ち歌でいいかな?」と『美少年戦士・ブレザースターズ』のOP曲『スターライト伝説』を歌おうとしました。


 男装の麗人・葛城美紀の生歌です。聞きたくないファンがいるでしょうか? いや、居ない。


「ぎゃあぁぁぁっ! 美紀様ぁっ! 私も聞きたいっ!」

「新婦がお色直ししなくてどうするんですかっ!」


 それを聞きたいと駄々をこねた私がスタッフになだめられたり。


「♪ 罪だね、素直すぎるって ♪」


 ああ、幼いころテレビで見た振り付けで美紀様が歌っていらっしゃる!


「美紀さまぁぁぁぁっ!」

「ちゃんと撮ってますからっ! 後でお渡ししますからっ!」 


 お色直しで夫は二〇二〇年代初頭の白バイ隊員、私は青のブラウスに黒のスリット入りタイトスカート(ウエストはゴム、おなかに赤ちゃんがいるからね)と、お互いに母のコスプレをしてみました。とにかくウケたウケた、商店街のおばさまたちは夫の『高嶋署の白き鷹』コスに黄色い声援を上げ、同じく商店街のおじ様たちや高嶋高校OB・OGは『レイちゃんがお腹に居たころのリツコ(さん・先生)や~』と大騒ぎ。


 母は「私と晶ちゃんが結婚してる~」と大はしゃぎでした。


 そうそう、来賓の挨拶では億田のおじさまが「兄貴の手紙は姐さんに読まれましたんで」と、『三つの口の話(良いお話ヴァージョン)』を披露しました。


「ご紹介いただきました新婦の叔父代わりの億田です。私も新婦の父から手紙を預かっておりましたが『リツコさんはクールビューティに見えて粗忽でおっちょこちょいな部分がある。念のために金一郎、頼む』以外は同じ内容ですので、違う話を……」


 お父さんは母に残したのとほぼ同じ手紙を億田のおじさまに託していたそうです。


「中さんひどいっ! 金ちゃん、それは言わなくていいのっ!」


 ちょっぴり母はご立腹でした(笑)


 お料理は億田の奥様が指揮・監修してくださったおかげで美味しかったし、お義父さんのお仲間や商店街の皆さまのおかげでデザートや引き出物のバームクーヘンも評判だったし……。


 皆で大いに呑み、騒ぎ、楽しんだ披露宴でした。


◆        ◆        ◆


 各テーブルを回ってお酌とご返杯を繰り返した母は、いける口の招待客をことごとく酔い潰し、勢い余って自分も酔いつぶれました。


「姐さん、家でっせ。今津君、足下に気を付けて」

「ふにゃあ……ゴロゴロ」

「もうお母さん、しっかりして!」


 幸いなことにお義父さんや社長、夫や億田のおじさまは酔いつぶれませんでした。


「社長、すいません」

「いやはや、リミッターの外れたお母さんはすごいんやね」

「今日の先輩はすごかったですよ、学生時代でもここまで飲んだのは見たことが無いですね」


 社長と竹原先生はお酒を飲まない人ですし、億田のおじさまは母ほどではありませんが蟒蛇うわばみです。お義母さんはそこそこ呑む人ですが我を忘れるほどは呑みません。


「リツコちゃん、お家よ」

「にゃう……むにゃむにゃ……あたるさん……にゃふ」

「ここまでベロベロに酔っぱらうのって久しぶりじゃない?」


 お義父さんは眠くなるので呑まなかったそうです。力が入らない人間はグニャグニャして運ぶのに苦労します。力持ちの男性陣が無事だったおかげでベロッベロに酔いつぶれた母を無事に家まで運ぶことが出来ました。もしかすると母は自分が酔いつぶれる前提で何人か酔い潰さなかったのかもしれません。


 本田のおっちゃんは食べ過ぎたおばちゃんを連れて家に帰りました。


「は~いリツコちゃん、脱ぎ脱ぎしましょうね~」

「にゃふ?」

「あら? 何かしら?」


 お義母さんが母の帯をほどくと、ヒラリと一枚の写真が出てきました。


「あら?」

「ん?」

「お?」

「む?」

「あっ!」

「これは?」


 写真に写っているのは、父に抱っこをされてピースサインをする若き母の姿でした。


「リツコさん、写真が落ちましたよ」

「にゃふ? ふふ……中さん……」


 母は写真を見て「中さん、これでよかったんだよね」と言い、すやすやと眠るのでした。

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