プレスカブを直す男②
他人事ではあるが中島の様子が気になる。気になるが全く繋がりのない業界だ。社会人経験が少なく一人で店を切り盛りしている俺には先輩社員との付き合い方もよくわからない。愚痴くらいは聞けるが仕事に関するアドバイスは出来ない。
「織物関係の職場って世代交代とか新人育成はどうなってるんですかね?」
「会社にもよるやろ、どこの会社や?」
フラリとカブに乗って店を訪れた情報通に中島の勤め先を伝えると「ああ、そこは先代が亡くなってややこしい事になってたみたいやな」と返ってきた。
「さすが安井さん、守備範囲が広い」
「後ろがしてた話を覚えてただけや」
高嶋市では製造業を補助する『ものづくり助成制度』が初代だか二代目の市長時代に行われており、繊維産業が盛んな真旭町では多くの企業が助成金で機械を購入したり施設を整えたりしたそうだ。
「議長車の後席でも話題になるような会社なん?」
「いや、視察団や。助成を受けて入れた機械を転売するところがあってな―――」
ここから高嶋市の行政レベルでの少しややこしい話で、助成金で買った機械を横流しして儲ける事業所が有ったとか、購入した途端に廃業してし事業所自体を身売りしたとか。色々な問題が在ったらしい。その辺りは今回と関係ないので細かい話は省く。
「で、ここの常連の勤め先やったな。たしか社長夫人が後を引き継いだはエエけど工場の事が全くわからんから『もうすぐ潰れるぞ』みたいな噂が立ってたな」
「そこの社長は工場の事はわからんのやな」
新工場を立てて助成金で新しい織り機を購入した途端に社長が病で他界、社員の大半が会社に見切りをつけて退職。倒産寸前とデマが流れたのが八年ほど前の話らしい。
「社長はもともと事務をしてたみたいやで。先代社長が急に亡くなって、事務をしてて工場の事なんか全くわからん奥さんが引き継いだもんやから「危ないぞ」みたいな噂が立って視察っていうか監査が入ったんや。監査員の乗るマイクロバスを運転したのが儂」
個人的な考えだが、現場を知らないものが会社を仕切るのは不幸な結果しか生まないと思う。現場を知らないものに限って「私の計算では―――」みたいな事を言うのだ。
「引退を考えてた工場長が工場長兼専務に就任して工場を動かし続け、体が不調で休んでた相談役が急きょ復帰して火消しをしてたみたいやな、
聞けば聞くほど綱渡りな経営状況に思う。安井さんは「でも、儂の情報は古いで」と付け加えた。
「真旭の
「引退を考えてた工場長って何歳くらいなんかなぁ」
俺が会社勤めをしていたならば六十五歳で引退して年金暮らしをすると思う。出来る事ならレイが嫁入りするまで現役で働き続けたい。
「当時でも六十代半ばやったと思うぞ、今は七十代前半ってところやな」
「その工場長が辞めたら行き詰りそうやな」
この時は「ふ~ん、大変やな」くらいにしか思わなかった。
◆ ◆ ◆
日に日にレイがリツコさんそっくりになっていく気がしてならない。
「電池が切れたからお終い」
「や~っ! もっとのるっ!」
乗用遊具とでも言えば良いのか、RCカーのバッテリーやスピードコントローラーを流用して作った電動三輪車がレイのお気に入り。乗り回す姿は妻をデフォルメしたようだ。
「充電するからちょっと待っててな」
「やっ!」
店の駐車場で遊んでいるのだが、飽きずに乗るからバッテリー切れのたびに大騒ぎ。まるでコタツの撤去を拒否するリツコさんの様だ。
「そんな事を言うてると晶ちゃんのお嫁さんになれんぞ」
「がまんしゅる……」
幸いな事にパトロール途中で店に寄った晶さんが「道へ出ちゃダメだよ」と言ってくれたおかげで道路へ走り出そうとすることは無い。レイの中では晶さんの言う事は絶対尊守、男装の麗人の魅力は幼児にも有効らしい。
「レイちゃん、ばぁばたちとお菓子食べようね」
「たべるっ!」
そんな様子をご近所の奥様や婆ちゃん、そして志麻さんも目を細めて眺めている。レイは我が大島サイクルの看板娘、そしてご近所のアイドルだ。食欲旺盛なのもリツコさんとそっくり。お転婆娘にならないか少々心配である。面倒を見てもらって申し訳ないと謝ると婆ちゃんたちは「この辺りは子供が少なくってねぇ」と言いながらレイの頭を撫でた。
近頃の不況のせいか古いオートバイの部品供給事情は悪化の一途をたどっている。この傾向は全メーカー共通だ。自動車の電動化に合わせてオートバイも今後は電動化が進むだろう。
「おっと、部品屋からファックスや」
カブ九〇の部品を頼んでいたのだが、在庫が無くなってしまったらしい。
「マジかよ」
海外で活躍しているタイカブ系と共通部品だからと油断していた。ウチにも在庫はもう無い。社外ミッションを使う時に使いたい部品なのに困った事だ。
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