150万PV突破記念・もう少し未来のお話⑥
「薫さん、晶ちゃん。そして楓君」
平謝りの三人に対する毅然とした態度の母。テーブルにグイと身を乗り出して並んで座る私たちを睨みつけて言いました。
「誠意って……何かしら?」
パチンッ!
「え?」
「なに?」
「もしかして……カチンコ?」
部屋に重い空気が漂った数秒後、何かを打ち鳴らす音が聞こえました。そして直後に野太い億田のおじ様の声。おじ様と一緒にカチンコをもった本田のおばちゃんが現れました。
「カァァァァアットォォォォオ! はいOK!」
「はいシーン二十八OK! お疲れ様です!」
「おじ様! 本田のおばちゃん! しかも皆! 何やってるの?!」
家のあちこちから出てくるのは億田不動産社員の面々と何度か会ったお取引先、それにレフ版を持った竹原先生やマイクを抱えたエネルギーステーション六城の社長まで!
「式で使う再現動画の撮影や! よし! じゃあ姐さん、儂らは編集しに帰ります! 式場関係と招待状の発送は手配済みやから! ではさらばっ!」
「レイちゃん、順番なんかどうでもエエんやで! ではっ!」
いったいどこに隠れていたんだってくらいに家のあちこちから人が出てくるわ隠しカメラがセットされているわ。いつの間に手を回したんだろう?
「うむ、金ちゃんよろしくっ! 理恵ちゃんサンキュッ!」
「会長っていうかみんな、仕事は?!」
社員を含む面々は一斉に『仕事なんかどうでも良い!』と言って我が家を去った……っておい
「にゃふふふふ~ん、オーブンで炙ってからバニラアイスを乗っけて食べると美味しいんだよね~。晶ちゃん達も食べようよ♪」
要するに私たちは母の掌で踊っていただけだったのだ。弟分である億田のおじ様から情報を仕入れた母は億田不動産の社員や本田サイクルのおばちゃんたちを巻き込んで披露宴で流す再現動画を隠し撮りしていたと。
「そもそもねぇ、二人が仲良ししてるのは知ってた。今まで私が何人の女の子を見てきたと思ってるのよ、ねぇ?」
「あんたねぇ……今回ばかりはやられたぁ」
お義母さんと晶おば様……いや、晶おば様じゃなくて『お義母さん』の二人は大笑いした。対照的にお義父さんは呆然としてる。楓ちゃんは何か考えて黙っていた。
「中さんが言ってたよね、『人の恋路を邪魔する奴はモンキーのキャラメルブロックタイヤに足を踏まれてしまえ』って」
母が言っているのはモンキー五〇(Z五〇・AB二七)新車時装着タイヤ。今のモンキー一二五に装着されているタイヤではない。あの四角いブロックが並んだタイヤは足を踏まれると痛いパターンなのに泥道にはそれほど強くなく、雨の日の白線や停止線で怖いくらいにスリップする。
「だから反対するわけがないの、とっととお嫁に行っちゃいなさい」
「どこまで本気かわからなかったよ、フッ……困った子猫ちゃんだな」
あーお義母さんってイケメン。でもって私はそんな四人を見ながらアップルパイをパクリ。やっぱりお菓子関係に使うリンゴは紅玉だなって思う。
「リツコさん」
「もう『お義母さん』でイイのよ、息子が出来てうれしいわ」
楓ちゃんにため息交じりで「誠意って何なんでしょうね」と問われた母は「さぁ、何かしらねぇ……」と言いながら切り分けたアップルパイを皿に乗せ、父の遺影の前に置いた。
「誠意なんて人それぞれ、私たちがこうして笑っていられるのは中さんの誠意のおかげなのかもしれないね」
遺影に手を合わす母は一見若く見えるものの、近づいて見ればメイクで隠しきれない目元の皺やほうれい線。永遠の三十歳を自称している童顔だが、そんな母でもやはり老いるのだ。
「中さん、レイちゃんが結婚よ。お腹に赤ちゃんもいるのよ……私ね、お祖母ちゃんになるの。晶ちゃんもお祖母ちゃん、薫さんはお祖父ちゃん……」
買い物用の小さなオートバイを求めて父の店を訪れた母、リトルカブが母と父の縁を結んで私が産まれた。そして私もジョルカブに乗り、カブの縁で楓ちゃんと結ばれました。
「中さんだってお祖父ちゃんよ」
ニコニコとしていた母の表情が急に崩れました。
「なのに……なのに……どうしてあなたは……」
「お母さん……」
年を取って涙もろくなったのか、母は遺影の前に座り只々泣いていたのでした。
私は大島レイ、小さなオートバイと家族を愛した男の忘れ形見。小さなオートバイが繋いだ縁で生まれつき、小さなオートバイに囲まれて大きくなりました。
もうすぐ妻に、そして母になります。
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