スーパーカブ⑦
美紀様のご実家にあった物置から古いスーパーカブが発見されたのは二年少々前のお話。
「さすがにこいつは手こずった」
とんでもなく古いカブはおっちゃんだけでは修理が出来ず、
「おっちゃん、これって本気で手間とお金がかかってるやん」
「そうよ、『メーカー以上の仕上げ』と呼ばれた親父さんにも負けんよ」
もちろんエンジンは本田のおっちゃんが分解整備をした物に交換済み。配線を丸ごと六ボルト電装から高年式の十二ボルト電装の物と交換したり灯火類をLEDに換えたり。見た目は比較的ノーマルを維持したままで中身をリフレッシュと現代化した普通に乗れるクラシックスーパーカブになりました。
「カブはどーでもエエねん、美紀様の御降臨は
心の底からカブの事をどうでも良いとでも言いたげ(言ってるけど)な紅葉ちゃんに「女の子には美紀ちゃんの方が重大事項だよね」と、おっちゃん涙目。おっちゃん、残念やけど
「おっと速人、美紀ちゃん来たみたいやで」
近頃は滅多に見かけないウォークスルーバンが近づいてきた。美紀様のクルマに間違いない、だってこの前の『平成のクルマといつまでも』って番組に出てたもん。司会者に「改造し過ぎですよ」って突っ込まれていたけれど、その司会者のSNSが大炎上したのは言うまでもない。でも美紀様が公式ブログで「やめてね♡」って発信したらピタッと止んだ。荒ぶるファンでも美紀様には逆らえない。
「ぎゃぁぁぁぁぁっぁぁあぁあぁっ! 美紀様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
運転席に見える美紀様の姿を見た途端に紅葉ちゃんは大興奮。ドキッとするけど以前ほど萌えないのは何故だろう? 軽いブレーキ音を立てて停まったバンから降りた美紀様は紅葉ちゃんに近づき「お迎えかな、子猫ちゃん」とお約束の挨拶をした。
「みみみみみみみみみみっみみみみきさまままままままま」
「御指名ありがとうございます、葛城美紀です」
指名なんてしていないけれど、紅葉ちゃんの前に立った美紀様はバシッとポーズを決めてファンサービス。
「私、成功しかしないので……で、このお嬢さんは誰?」
キリッと決め顔をした美紀様に、興奮しすぎた紅葉ちゃんが鼻血を出して気絶したのは言うまでもない。ファンサービスのし過ぎや(笑)
◆ ◆ ◆
「そっか、あなたは『高嶋署の白き鷹』のお嬢さんね。言われると目元が似てるわねぇ」
「母をご存知ですか?」
紅葉ちゃんは両鼻に詰めたティッシュのせいで美少女が台無し。ティッシュがじわじわ赤く染まる様子から察するに鼻血は絶賛放水中に違いない。でもって美紀様が御降臨された本来の理由は本田のおっちゃんおばちゃん、そしてレストア&モデファイが終わったスーパーカブとその前に居る絶世の美少年。
「そりゃあ、私なんて『高嶋署の白き鷹』の劣化コピーだもん」
「ほへ?」
美紀様は紅葉ちゃんに晶おば様の魅力を伝え始めたけれど、紅葉ちゃんは複雑な表情をしている。そりゃそうや、まさか『男装の麗人・葛城美紀』が自分の母を目標にしていたなんて思ってもいなかっただろう。ちなみに芸名は晶おば様の旧姓から取ったものだったりする……と、父が言っていた。
「ま、あなたのお母さんの話はさておいてっと」
男の子は母親に似ると言われている。楓ちゃんを見ていると納得するけれど、本田のおっちゃんにカブの説明をしてもらっている少年もそうだ。
「美紀様に似てる」
「でしょ? でしょ? 私の自慢の作品よん♪」
カブの
「十四年間も親らしい事ができなかったからさ、このくらいはしてやろうかなって」
母親となって十数年、そのうち十四年間の美紀様は必死に仕事をこなして仕送りをしつつ息子さんを迎える環境を整えていたそうです。
「母親に出来る事なんてそんなに無いの、せいぜい手を引いて行先を教えてあげるか谷底へ叩き落として鍛えあげるくらい」
息子さんを見る美紀様の表情はテレビや舞台と違って柔らかで穏やか。これが母親の顔なんだと思う。
「チェンジペダルを踏んだ途端にクラッチが切れてギヤチェンジ、ペダルを放すとクラッチが繋がってギヤチェンジが完了。ワンアクションで色々な操作ができるって凄いよね」
「ぜんぶアナログ制御ですもんね、開発者の執念っていうか狂気っていうか……」
スーパーカブが発売されて八十年以上になります。父や父の師が惚れ込んだスーパーカブはこれからも走り続けるのでしょう。
「ところでレイちゃん、何だか男の匂いがするんだけど……僕を待てなかったのかな? 寂しいよ」
「美紀様、セーラースターの
多分ですが、私も美紀様も走り続けると思います。
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