スーパーカブ⑥

 紅葉ちゃんは郵政カブを修理に出す代わりに楓ちゃんのスーパーカブ一一〇を乗って帰ると言っているが、じゃあ楓ちゃんはどうやって仕事場から我が家へ戻ってくるのだろう? さてどうしたものかと思っていたら理恵おばちゃんが助け舟を出してくれた。


「それをすると楓君が家に帰れんようになるで?」

「そっか、あいつの下宿先は高嶋町やったな」


 安曇河町の藤樹商店街から我が家への道のりは自転車で行くのは面倒で、何らかの動力付きの乗り物が欲しいところ。安曇河駅から湖西線で高嶋駅まで行けない事はないけど、湖西線は始発から八時、そして十八時以降は一時間に一本のダイヤだ。通勤以外に使えたもんじゃない。


「楓君がレイちゃんちへ帰るくらいの距離ならこれでイイ」

「これって、我が家にあったジャイロX?」


 少し改造されているけど間違いない。お母さんが乗り回した挙句に焼付かせて再起不能になった三輪バイクだ。おっちゃんに引き取ってもらったけど、部品が無いから直せないって言ってたのに何故?


「そう、これはレイちゃんのお家にあったジャイロX」

「あっ、何か部品が変わってる」


 前から見た感じは母が乗っていた頃と変わらんけど、シートより後ろ側がかなり変わっている。おっちゃんが得意満面で説明してくれた。


「エンジンを取っ払って事故車のジャイロeの制御系と駆動系を組み合わせてみたんだ、バッテリーを最新型にしたからそこそこ(長距離を)走るよ」

「ふーん、で? 何キロくらい走れるん?」


 紅葉ちゃんに聞かれたおっちゃんは「だいたい七〇キロ弱」と答えた。代車として新高嶋市内を走るだけなら十分だけど、紅葉ちゃんが大津の自宅へ帰るには少し心もとない航続距離だと思う。


「じゃあこれと楓のカブを交換して帰る……ところなんやけど……」

「これから帰ったら日が暮れるで」


 今から帰ると途中で日が暮れるとおもう。危ないから止まって明日に帰るようにと言うと紅葉ちゃんは「うん、チョットだけ楓とレイさんたちに用事もあるしそうさせてもらいます」と答えた。


◆        ◆        ◆


「おっちゃんが言うてたけど、美紀様が来るらしいやん。『男装の麗人・葛城美紀』がお忍びで来るなんて、会わずに帰れんよね?」

「わかる」


 美紀様のお姿を拝めるオートバイ店なんて本田サイクル以外にあるだろうか? いや、無い。そして、彼氏が居ても美紀様男装の麗人は別腹、女とは別腹をもつ生き物なのだ。


「男装の麗人が嫌いな女子って居る?」

「いや、居ない」


 結局、紅葉ちゃんは本田サイクルで少し時間を潰した後で電動ジャイロXに乗って我が家へ来た。


「そうそう、お父さんにいろいろ言われてたんやった」

「これはこれはご丁寧に、ありがとうございます」

「やったぁ、さっそくパン粥を作ろうっと。にゃふふふふ~ん♪」


 本田サイクルにも何本か降ろしていた(理生ちゃんがすぐ一本食べた)けれど、我が家にも持ってきてくれた高級食パンに母は大喜び。小鼻を『むふっ』と膨らませてパン粥を作り始めた。


「忙しいみたいだけど、お父さんは元気でやってる?」

「ええ、その父から大島家にお願いがあるみたいで」


 母はパン粥(高級食パンやで、焼いて食えや)を作りながら「レイならいつ連れて帰ってくれてもいいわよ?」と答えた。まるで生まれた子猫を里親さんに引き渡すみたいだ。猫扱いすんな。


「レイさんやったら母も『いつ来てもOK』って言ってますけど、今回は兄の事で」

「行き遅れになる前に持ってって欲しいんだけど、楓君のこと?」

「三十路過ぎまで独身やったのは誰や」


 紅葉ちゃんが「実は……」と話を切り出そうとしたその時、長閑な排気音を立てて楓ちゃんが帰ってきた。


「悪い、本田さん本田サイクルに寄ってきたら……って、何でお前が居るの?」


 紅葉ちゃんは『ニカッ』っと微笑んで「可愛い妹が来たのになんてこと言いやがるこのヘニャ〇ン」と返事をした。表情とセリフが全く合っていない。あと、楓ちゃんのはヘニャッとしていない。かなりシャキッとしているんじゃないかなぁ、比較対象が無いけど。


「メールしても返事が無きゃ電話も出ない、心配したお父さんに『悪さをしてないか見てこい』って命令されて来たわけで……ら~ら~ららららら~ら~」


 あ~あ、歌い始めてしもた、しかも楓ちゃんは残念ながらおじ様が心配した通り悪さをした。誘った私も悪いけど。


「で、もう一つ。お父さんが『メール見ろ!』やってさ」


 楓ちゃんが電話に出ないのは仕事中はそれどころではないから。そして、私と過ごしている時は邪魔されたくないと電源を切っているから。楓ちゃんは「ん~?」と言いながらスマホの画面を見て首をかしげた。


「結構来てる。わざわざメールを送るような事かなぁ」


 紅葉ちゃんは楓ちゃんをジト目で見ながら「大事なことも送ってたはずやのに」と呆れていた。

 

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