未来への道標

 六城石油真旭給油所に高村社長が訪れた数日後、久々に車輪の会の会合が行われることになった。


「じゃあリツコさん、晩御飯はレンジでチンして食べてな」

「うん、じゃあ行ってらっしゃいの……」


 久々なのは理由がある。新型肺炎の影響で、車輪の会で集まる時に借りていた会場が閉店してしまったのだ。新しい会場を借りるのはなかなか難しく、やっと借りられたのは今までよりも割高な宿泊施設の大宴会場。


「ん……じゃあ行ってきます」

「とと、ばいばい」


「行ってきます」


 今夜はリツコさんが見送るいつもと逆パターン。行ってらっしゃいのチューをして妻と娘に見送られて家を出た。


 いつもなら国道沿いのチャペルを目指して車を走らせるが、今回からは琵琶湖沿いにある宿泊施設を目指す。


「暗いから気をつけんと」


 高嶋市内は基本的に国道一六一号バイパスを中心に発展している。例外の今都町は湖岸沿いの旧国道に沿う湖周道路を中心に発展した……いや、発展せざるを得なかったのだ。山と琵琶湖に挟まれた今都町はごく一部の平地に水田が広がり、水田の持ち主は決して売ろうとしない。住宅地は山を切り開いたり沼を埋め立てたりしたお世辞にも快適と言えない土地だ。琵琶湖沿いは地下水位が高く建築物を建てるには決しておすすめ出来ない軟弱な地盤なのに住宅地にするあたりから察するに、今都町にはロクな土地が無く今後の発展は期待できない。


「ラジオで見聞きながら行くか」


 琵琶湖の東と大違い、湖西は湖岸(湖周)道路沿いが寂しい。同じ琵琶湖沿いなのにこの差は何のか? 不思議に思いながら車を走らせ、会場の駐車場へ滑り込ませた。


◆        ◆        ◆


 この日の会場は若干ピリピリした空気が漂っていた。受付で配られた資料には『新入会員の挨拶』とある。


「よう、大島ちゃん。ご無沙汰」

「おう、何か今回は雰囲気が違うな」


 いつもなら和やかな空気が漂う車輪の会だが、今回は少し違う。新しい会員を受け入れるか否かを決める会合は今まで何回か行われてきた。声をかけてきた伊香いこうオートは「そりゃそうよ、前代未聞やからな」と答えた。


「大島ちゃん、今都町の店を会員に入れるって今まであったか?」

「会員になるのは六城石油真旭給油所だけや、今都は関係ない」


 今都町に本店が有る六城石油は昔からの会員からすればトラブルの種にしか思えないだろう。今回車輪の会へ加入するのは六城石油の真旭給油所だ。今都本店は認めないと資料に印刷されている。

 

「こんな事を言ったらアレやけど、万が一が有ったら大島ちゃんも無事で済まんと思うぞ」


 万が一とはもちろん、六城石油真旭給油所が車輪の会会員としてふさわしくない行為をすることである。だが、事前に調査員が店の事を調べた限りでは六城石油はごく普通の石油店だった。これはある意味異常な事で、息をするように嘘をつき人を騙してあざ笑う今都町と思えない事であった。


「その時は妻に頼ろうかな?」

「ヒモにでもなるか? 横型エンジンのスペシャリストが何言うてるねん」


 六城君に限って裏切ることは無いだろう、だからこそ言える冗談だ。


 寄り合いは高村社長の挨拶から始まり、六城石油代表取締役の六城君が紹介されたあたりから会場の空気が張りつめ始めた。


「只今ご紹介に預かりました六城石油代表の六城浩紀です。この度は真旭給油所の開店に伴い車輪の会へのお誘いを受けまして―――」


 六城君が挨拶を始めると一部の会員たちが「わざわざ南(地域)に来んでも」とか、「誰や、今都者を入れようなんて言いだした奴は」とぶつくさと文句を言い始めた。


「ゆくゆくは本店を今都町から真旭給油所へ移転しようと思っております。皆さま、よろしくお願いします」


 六城君の挨拶が終わっても会員の反応は薄い。仕方がない。ここは俺の出番、立ち上がり「よっ! 六城石油さん、車輪の会へようこそっ!」と拍手をすると会場にどよめきが起きた。


「おいおい大島君、この中でお前が一番今都町にひどい目に会わされたのに何言うてるねん」

「大島ちゃん、気が触れたか?」


 その他、俺が昔今都町の住民から受けたあれこれを言ってくる奴は居たが気にしない……いや、気にしないふりをした。競輪選手になる夢を潰され、両親を事故で殺され、婚約者とそのお腹に居た子供を殺されたのを忘れるほど物忘れはひどくない。


「大島! こいつが何かやらかしたらお前も――――」


 仮に六城君が他の今都町住民と同じだったとしたら、俺は車輪の会を離れることになるだろう。もちろん信頼の証が無くなるのだから商売は成り立たず店をたたむ羽目になる。


「六城君もガキの頃はヤンチャやった、でも俺らの若い頃も変わらんやろ? 昔のヤンチャなんか十年も経ったら笑い話やんけ」


 昔は昔、車輪の会のメンバーだって散々ヤンチャをして親を泣かせたりした過去を持つ者は少なくない。静かになった会員たちに俺はこう言った。


「俺は、今の六城君を信じたい」


◆        ◆        ◆


 夫が帰ってきたのはかなり遅い時間だったと思う。コタツでミカンを食べながらテレビを観ているうちに寝てしまったから正確な時刻は解らない。ただ、何だかご機嫌だったことは間違いない。私の頭を優しくなでてから「まったく、こんなにミカンを食べたら黄色うなるで」と言って私を抱きかかえて布団へ運んでくれたのを覚えている。


 六城石油真旭給油所に『車輪の会・会員のお店』の看板が掲げられたのはこの数日後。この看板は六城石油にとって未来への道標となるのだった。

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