信用の証
高嶋市の南部地域にある自動車店は『
「少し前に六城石油も入会できんか審議が有ったんやけどな、今都の店に車輪の会の看板を掲げるのはどうかとなってお流れになったんや」
六城石油が車輪の会へ入れないか打診したのは数年前、最終的に六城石油が今都町の店という事で入会は許されなかった。
「でも……や、六城石油真旭給油所は今都ではなくて真旭に有る。となれば入会は可能で信用の証である車輪の会の看板も掲げられるって事や」
車輪の会の会員は店に『信用の証・車輪のマーク』の看板が配られる。試しに高嶋市の南部にある自動車店やバイクショップを覗いてみると良い。まともな店なら入り口のそばに『車輪の会・会員のお店』と看板があるはずだ。
「ん~っと、儂のジープを診てもらってる店も同じ看板が有りますなぁ」
車輪の会のメンバーは手練れのメカニック揃い。メーカーの若い整備士が断る様な古いクルマやバイクなんて鼻歌交じり修理してしまう。金一郎の四〇系ジープも車輪の会メンバーの店で整備してもらっている。県外から引っ張ってきた車体をベースにフロントディスクブレーキ化やパワステの取り付け、それに伴う車検証の記載事項変更なども含めて全部お任せ。重整備やチョットした部品の製作くらいなら朝飯前ってところだ。
「高嶋市内でこの看板が有れば信用のある店って事、新参者には心強い味方って訳や」
う~んと唸る金一郎に「俺らより助けになるかもしれんぞ」と伝えると「最後に物をいうのは銭でっせ」と返してきた。
「ま、看板が有ったところで店自体に魅力が無かったらアウトやな。俺らが出来るのは見守る事と家賃の支払いを待つことくらいや」
絶対とは言えないが、六城石油真旭給油所なら大丈夫だろう。
◆ ◆ ◆
「あああああああああああ! 寒いっ! レイちゃんカモンっ!」
「ヤっ!」
温暖化したとはいえ十一月ともなればライダーに厳しい寒さが訪れる。基本的にオートバイしか乗れない(事はないが四輪の運転は恐ろしく下手)妻は三十路を迎えて数年が経ち、すっかり寒さに弱くなった。本人いわく「出産して体質が変わった」らしいが、実際は加齢から(以下、女性を敵に回すので自粛)ので帰宅した途端にモコモコの部屋着に着替えてコタツへまっしぐら。
「はい、お湯割り」
「ありがと、レイちゃんママのお膝にいらっしゃい」
「ヤっ!」
レイを抱っこして暖を取ろうとするも、思い切り拒絶されたリツコさん。少しショック受けながらほとんど割っていない焼酎のお湯割り梅干し入りを呑み始めた。
「ねー中さん、晩御飯はなぁに?」
「ハンバーグ入りシチュー」
今夜のメインデッシュはじっくり煮込んだハンバーグ入りシチューだ。普段ならゴロゴロお肉にするところだが、肉ばかりよそう
「にゃふっ♡ ハンバーグは手作りよね?」
「もちろん、温めるからちょっと待ってや」
ハンバーグ以外に野菜もたっぷり入れて煮込んである。実際はシチューの中にハンバーグが入っているみたいな感じだが、こうでもしないと我が家のニャンコ、いや、リツコさんは野菜を食べてくれない。レイは野菜も喜んで食べてくれるのに。
「ねー中さん」
「もうチョット待ってなー」
冬は暖かい食事を作ってもすぐ冷めて困る。やはりシチューは暖かでなければならない。生ぬるいシチューなんて燃費が悪いスーパーカブみたいなものだ。
「今日ねー、真旭に出来た六城君のお店に行ったのー」
「どうやった? お客さんは?」
リツコさんは少し悲しそうな顔で首をプルプルと横に振った。やはり苦戦している様だ、早急に手を打たなければ。それはそれとして、プルプルと首を振るリツコさんの様子が猫っぽくて笑える。
「でね、話をしてたら高村のおじ様が来てね」
「お、とうとう来たか」
高村社長が六城君の元を訪れたのなら間違いない。車輪の会へのお誘いだ。
「おじ様が『任せておけ』ですって」
「じゃあ、近いうちに会合があるな」
高村社長の事だからとっくに根回しを終えているはず。六城君が車輪の会へ入るのはほぼ決まりだろう。信頼の証が有れば商売が少し楽になるはずだ。それはさておき、シチューが温まった。
「さて、ご飯にしますか」
「わ~い!」
この後、リツコさんは毎度のようにシチューからお肉(今回はハンバーグだが)だけを自分の器に盛りつけようとした。
「リツコさん、野菜も食べる」
「よく見てるわね……」
車輪の会へ入ったからといって成功するとは限らない。だが、六城君は陰謀と破壊、犯罪が渦巻く今都町から脱出しようともがき、努力している。
「レイちゃん、にゃあ~ん」
「にゃあ~ん……?」
「リツコさん、自分のニンジンをレイに食べさせるのは止めなさい」
努力すれば成功するとは限らない。だが、成功した者は全て何らかの努力をしている。必死でもがく六城君に幸が有りますように、そう思いながら妻と娘を眺めるのだった。
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