六城石油は苦戦中

―――今都の油屋が何しに来たんやろう? 恐ろして灯油なんか買えんわ……。


 灯油シーズンに合わせてオープンした六城石油真旭給油所は今日も静かな一日だった。寒さが厳しくなり灯油が売れ始めるシーズンにも関わらず来客はごく少数。


「ふぅ、なかなか難しいな」


 ガソリンや軽油を入れに来るクルマは片手で数えるほど、灯油は六城石油の事を全く知らない新興住宅の住民が数人、バイクシーズンが終わりそうなこともあってツーリングの途中で給油に寄るライダーも無し。オートバイ通学で店のすぐそばを走っているはずの高嶋高校の生徒は全く訪れない。


「大丈夫だろうか……いや、大丈夫」


 今都本店を社員に任せ、六城浩紀は新たにオープンした真旭給油所で頭を抱えていた。売り上げは黒字どころかジリ貧と言ってよいほどの低空飛行、まだオープンして日が浅いとは言えど、これでは将来の展望どころか明日への希望すら見えない。


「社長、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様。明日もよろしく」


 帰宅する社員に笑顔で返す六城だったが、顔で笑って心で泣く状態。今都店の売り上げのおかげでなんとか会社全体としては黒字だが、真旭給油所単体では大赤字確定。


―――間違っていたのだろうか? いや、間違っていない。


 自問自答する六城だった。


◆        ◆        ◆


 キャブレター時代のスーパーカブで多いのが車体の錆、丸いヘッドライトの古いスーパーカブはリヤフェンダーが錆びやすい。スーパーカブ以上に過酷な環境で走るプレスカブなんてリヤフェンダーがグスグスになっているものが少なくない。幸いな事にこのカブは大丈夫なようだが。


「まいど、お? またカブを触ってまんの?」

「金一郎か、ちょっと手が離せんから適当に座っててくれ」


 小説やアニメで人気が出た丸ライトのカブに対して、四角いライトのカブカスタムはリヤフェンダーのスポット溶接以降の部分が無いからか錆が少ない個体が多い。


お嬢レイちゃんは?」

「志麻さんとお昼寝中」


 そんな古いカブだが、丸ライトスタンダード角ライトカスタム・リトルに共通して錆びて困る個所がある。それがセンタースタンドだ。


「兄貴、六城石油でっけど」

「苦戦してるらしいぞ、俺も苦戦してる」


 金一郎に相談されるまでも無く、六城石油に関して俺は動いている。今都町に本店がある六城石油に欠けているのは『信用』だ。今都町は陸上自衛隊からの助成金や福井県にある原発からの補償金で潤った『自称・セレブの町』だ。昔から周囲の町を貧乏人呼ばわりしているのと、お行儀の悪さで嫌われている地域だ。六城石油はまともな店だが、今都町からやって来た店で買い物をしようと思う者は少ない。


「六城君に関してはな、俺も動いてるんや……け……ど……動かんか」


 六城石油の状況は気になるが、こちらも仕事が立て込んでいて見に行くことが出来ない。「朝一発目に動かそうとするとブレーキがかかる」と言われて診てみればセンタースタンドのシャフトの固着。センタースタンドのシャフトはブレーキペダルの支点も兼ねている。シャフトが錆びてセンタースタンドの中で固着すると当然だがシャフトがセンタースタンドに合わせて回る。シャフトにつられてブレーキペダルまで動いてしまうのだ。


「これは(センタースタンドをシャフトごと)切らんとアカンか」


  解決方法はセンタースタンドをシャフトごと切って部品交換だ。これがまた面倒な作業で、ガス溶断なんぞしたら火災の可能性があるから危険極まりない。プラズマカッターなら作業は速いがそんな物はウチには無い。サンダーでぶった切っても良いのだが音がうるさい。お昼寝中のレイを起こしてしまうのは可哀想だ。


「スイングアームごと外すか、面倒やな」

「兄貴、大事な話でっせ」


 作業スペースを作るために後輪をスイングアームごと外した方が良い。


「兄貴、六城石油を繁盛させんかったら投資金がパーでっせ」

「もう手は打った」


 金一郎は心配しているが手は打ってある。今都いまづ町の住民といえば傍若無人で知られるだけでなく、息をするように嘘をついて人を騙して大笑いするので知られている。近年は薬物中毒患者が多きことでも知られているイメージが悪い街だ。


「なぁ金一郎、今都から真旭にやってきた店に必要なのは何やと思う?」

「そりゃ信用でっしゃろ?」


 その通り、今都いまづ町の住民には信用が無い。嘘をつくと言えば今都町、今都町と言えば嘘をつく。『息をするように嘘をつく』と言われるように今都町の住民には信用が無いのだ。


「そこでな……ああ、やっぱり錆が酷いか」

「兄貴っ! ええ加減しなはれ! 兄貴は銭に対して無頓着過ぎやっ!」


 残念だが俺は仙人ではない。物欲が有れば性欲もある。


「兄貴、無ければ欲しいし、有ってもなお欲しい。それが銭や! それやのに兄貴は前から『金はお前に任す』とか『俺は持ってない方がエエねん』とか言うて儂に任せて! 今の兄貴には姐さんやお嬢が居るんでっせ! 今後の兄貴にはナンボ銭が有っても足りんようになるんでっせ! お嬢の為に銭が要る。それやのに、それやのに兄貴は独身時代みたいに気楽な事を言うて!」


 金一郎が言う通り、今の俺は大島家の大黒柱だ……多分。正直な話をするとリツコさんの方が安定した収入とボーナスがあるから大黒柱っぽいのだが。


「あのなぁ、することをしたらあとは待つだけ。『果報は寝て待て』っていうやろ?」


 六城君が苦戦するのは予想通り。今都者いまづものに信用が無いとなればどうすれば良いかはわかっているつもりだ。


「金一郎、高嶋市内の自動車・オートバイのお店を選ぶ基準は何や?」

「そらアレですわ、買った後でも任せられる店やないと」


 高嶋市の自動車・オートバイ関係の店には『信用できるクルマ関係のお店』の目印が掲げられている。だが、オープンしたばかりの六城石油真旭給油所にはそれが無い。

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