妻とバイクは……。
利益は千円、薄利とはいえプレスカブは無事に売れた。
―――大島ちゃんも誰も手を出さんものに手を出した。
俺みたいなバイク修理業者だけでなく、修理が趣味のプライベーターでも手を出さないポンコツプレスカブ。そんなボロを買った男は面白い事を言っていた。
―――いや、バイクじゃない、三十路の女。
確かに誰も手を出さなかったのだと思う。見た目はクールビューティなのに中味は甘えっ娘、大酒呑みで料理が出来ない。しかも三十路で穢れを知らぬ乙女とくれば世間一般では『重い』とされる。そんなリツコさんに手を出したのは間違いない。
「にゃー」
「にゃあ……なぁに?」
リツコさんがレイと戯れる様子はまるで猫の親子。レイは日に日にリツコさんそっくりに育っている。
「いや、出会いって面白いもんやなって」
「そうね、私もそう思う」
リツコさんは湖岸で泣いていたら晶さんにウチを紹介され、俺と出会った。晶さんを男性と勘違いして告白して玉砕。やけ酒を飲んで我が家へ泊ってから我が家でご飯を食べるようになり、徐々に関係が深まり現在に至る。
「今都のバイクショップでゼファーちゃんをバカにされて、その後晶ちゃんに出会わなければ中さんに会わず、レイちゃんは生まれていなかったかも」
リツコさんが晶さんと出会わなければどうなっていただろう。俺はともかく、リツコさんは荒んだ生活を送っていたのではないかと思う。
「バイクとの出会いも面白いよな、そういえば今日プレスカブが売れたんや」
「あら、売れたの?」
売れたと答えるとリツコさんは「手のかかる子ほど可愛いってね」とレイに話しかけた。どちらかといえばレイはお利口さんだ、障子は手は届く範囲しか破らないし、ティッシュを箱から全部出したりする程度だ。つまみ食いやリツコさんの口紅で落書きするくらいは悪戯にカウントしない。手がかかるのはリツコさんの方だ。
「直して売るのは厳しい車体やったけんど、直して楽しむ分には手応えのある素材やからね。多分やけど実動車を買うくらいの金をかけて極上車に仕上げよるで」
「損得なしで自分のためのバイクを仕上げる、典型的なプライベーターね」
リツコさんはメカのことはよく解らない。『体にガソリンが流れている』といわれるオートバイに乗るのが好きなライダーだ。俺や中島は『体にオイルが流れている』タイプ。走り回るよりメンテナンスや修理が好きなタイプだ。
「私は乗るのが好き、中さんは弄るのが趣味であり仕事でもある……でもね、乗らなきゃいけないのよ。弄ってばかりじゃ駄目よ、きちんと乗らないと不機嫌になっちゃう……バイクも私も」
確かに乗ってやらないと可動部に油が回らないのだが……ってリツコさん、最後に何か言った?
「ねぇレイちゃん、子分が欲しくない?」
「ふにゃ?」
こちらを向いたリツコさんが妙に色っぽい表情で微笑みかけてきた。
「今夜は私の胎内で出会いが起こりそうな気がする」
「何の?」
妙に色っぽいリツコさんは俺にレイを預けて「にゃふふふ……」と言いながら寝室へ行ってしまった。
「とと、ままニャンニャン?」
「ニャンニャンかもしれんなぁ」
この夜、俺の布団には拒否しようと思って裏返すと逆に『強制やる気モード』にされてしまうリツコさん特製
◆ ◆ ◆
ジャンクのプレスカブを買った中島は、週が明けるたび店に寄り部品を注文するようになった。そして週末前に部品を引き取っては作業をして、再び週明けに部品を注文するの繰り返し。大儲けにはならないが、細かな利益が入ってくるのはありがたい。
「中島、バイクは女性と同じやぞ」
「わかってる 『かまい過ぎると体も金ももたん』やろ?」
その通り、クルマやバイクは金がかかる趣味だ。そして自分で直すとなれば体力を使う。女性にも当てはまる事で、鬼仕様枕がセットされた夜ときたら……。
「わかってるならエエけど」
「借金するほど沼にははまらんで、今回はハンドル周りを直そうと思うんやけど」
プレスカブのハンドルはスーパーカブのウインカーを取り付ける部分に蓋がされている。蓋を外した中島はウインカーレンズの台座を取り付けるステーが無いのを見て唖然としたそうだ。流石の中島も新品を買って直す気にならず、中古のハンドルが無いかと聞いてきた。
「何でこんな面倒なことをするかなぁ……」
「コストの関係やないか?」
コストの関係では無いかと言うと、中島は「まとめてバンバーンと作る方が安上がりやろ?」と答えた。元四輪の整備士だった中島曰く「作り分けるよりまとめて作る方が安いと思う」らしい。
「まぁメーカーの考えが違うんかも知らんけど、俺が勤めてたディーラーのクルマでAE八六ってクルマが有ってな。下位グレードのAE八五ってのとボデーはほとんど同じやったわけよ。オバハンが乗ってた無事故の八五に事故車の八六の部品をまるっと移したりして八六もどきを造ったりしたな。公認も取りやすかったぞ」
中島の愛車は別の車種だったらしいが、下位グレードでも上級グレードと配線が共通だったそうだ。廃車から部品を剥がしてはグレードアップしたり整備したりを楽しんでいたらしい。ボデーまで共通とは驚きだが、中島は「そんなもんよ、逆に作り分ける方が手間がかかるって」と笑い飛ばす。
「プレスカブってのは愛情に飢えた車体が多いよな、だから飢えた分余計に愛情を注いでやろうかなって」
プレスカブは中島の給料と愛情をタップリ吸い込んで蘇りつつあるようだ。
「ところで大島ちゃん、大丈夫?」
「すげーつかれてる。だってにんげんだもの、あたる」
昨晩はリツコさんにせがまれるままタップリと愛情と子種を注ぎ込み、もう無理と言ったのに上に乗られたりあんな事こんな事をされて(カクヨム規定により検閲)な結果、リツコさんは艶々になり、俺は干からびた。
「大島ちゃん『女性はかまわんと拗ねるけど、かまい過ぎると財布も体ももたん』やったよな?」
「わかってる、わかってるけど……疲れた」
妻もオートバイは似ている、かまい過ぎるとこちらが持たない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます