高嶋市民は基本的に今都町が嫌い。

 滋賀県高嶋市今都町と言えば自衛隊の駐屯地と通常の米よろ速く出荷される早場米が名物。逆に言えばそれ以外の名物や産業はほぼ無いに等しく、街としての収入源は隣接する福井県にある原子力発電所からの助成金と陸上自衛隊からの駐屯地近隣地区への補助金くらい。近年は新型肺炎のクラスターが発生したのと騒動で混乱した傍若無人な住民、更に大麻騒動が全国ネットのニュースで放送されて危険な町と認識されつつある。このところ観光に力を入れて街を活性化させようとする流れもあるようだ。


「ま、あんな不便な町に劇団とか道の駅を造っても人が来ると思えんけどな。それよりリトルカブの部品を注文して欲しいんやけど」


 間違っているのではないかと思い「プレスカブの間違いやろ?」と問うと、中島は「いや、リトルの部品を使いたい場所が有るから」と返してきた。


「ん~っと、リヤウインカーとチェンジペダル。あとはセル付き車のメーター」


 プレスカブに使うには少しけったいな不思議ものばかり注文してきたが、理由は何となくわかる。小ぶりなウインカーに交換してイメージチェンジを、チェンジペダルは踵でシフトダウンするためだろう。リトルカブのチェンジペダルは全体的に踏む部分の位置が上で、特に後ろ側が高い。通常のスーパーカブのチェンジペダルで後ろ側にアダプターを付けているユーザーが居る。


「リトルカブ用を使う方がスマートで純正然とした見た目になる」

「なるほど、まぁ鉄カブ乗りでは有名な流用情報やからな」


 普通のカブにリトルカブ用チェンジペダル流用はよく有るパターンだ。十四インチで車高が下がったリトルカブはペダルとステップを引っ掛けないように位置を上げている。ペダルだけ流用すれば嵩上げ無しで踵でシフトダウンするのが楽になる。


「ウインカーは完全にイメチェンやな」

「ウインカーは中古でエエんやったら有るぞ? メーターもあるぞ」


 中島は少し悩んで「じゃ、それで」と答えた。セル付きリトルカブのメーターにこだわるのはトップギヤのインジケータが有るから。プレスカブだと『③』だが、セル付きリトルカブは四速ミッション。メーター内のインジケータランプは『④』だ。どうやら四速ミッションを組みこんだエンジンを使うらしい。


「セル付きのエンジンでも積むつもりか?」

「いや、プレスカブのクランクケースにCD五〇のミッションを組んだ」


 何とも珍しい改造だ。ニュートラルスイッチの接点はどうするのか疑問だ。まぁ普段から「きちんとロマン装備を機能させるのが腕の見せ所」と言っている中島だ、何とか解決したのだろう。厳つい見た目の割に芸の細かい奴だ、どうしてその器用さを女性に向ける事が出来ないのだろう?


「まぁウチは儲かるからええんやけど、何でそこまで金をかけられるかなぁ」


 希少価値が無く欠品だらけなプレスカブ、それを中古実動車を買えるくらいの金を出してまで直す理由を問うと中島はキリッとした表情で答えた。


「それはな、カブは女の子にウケが良いからや」

「死ね。世界中の女性の人権を守るためにも死ね」


 この変態にだまされるお嬢さんが現れませんよーに。


◆        ◆        ◆


 季節を感じるのは天気や気温だけではない。冷たくてあっさりしたものから温かくてしっかりしたものを食べたくなったり、酔うと裸で寝ていたリツコさんがパジャマを着て寝たり、でもって俺の布団へモソモソと入って来たり。


「にゃ~ん」

「はいはい、にゃんこ」


 何と言えばよいのか、まるで猫だ。恐らく今夜は抱かれたいのではなくて甘えたいだけなのだろう。抱きしめると布団の中から「にゃふふっ」と聞こえた。今夜のリツコさんは晩御飯が手作りハンバーグだったからかご機嫌である。


 しばらくモソモソしていたリツコさんだが、息苦しくなったのか布団から顔を出した。


「ねぇ中さん、最近レイちゃんばっかり構うから寂しいぞ」

「それは失礼、じゃあ今夜は仲良しする?」


 説明しよう『仲良し』とは夜の営みをソフトに表現したものである。いつもは臨戦態勢と言うか戦闘準備完了のリツコさんだが、今夜は「ハンバーグ作りで疲れたでしょ? 今日はいいや」と乗り気ではない。


「じゃあ寝るまでお話をしよっか?」

「うん、今日はね―――」


 何てことのない会話だがレイが起きている間は忙しくて出来ない二人の時間。最近あった出来事や街の情報などを話すうち六城石油の新店舗開店になった。今都町の六城石油は事業展開で新店舗を真旭町に出すことになったのだ。


「帰りにスタンドへ寄ったらね、六城君が『真旭店は十一月にオープン予定です』って」

「灯油のシーズンに間に合わせようって作戦やな」


 高嶋市はオール電化ではないご家庭が多い。ストーブやヒーターの暖房に必要な灯油は生活必需品、灯油の販売で地域に馴染もうとする作戦だろう。


「六城君はなかなか良い作戦を……金一郎が絡んでるかも」

「絡んでるみたいよ、金ちゃんと言えば代金の回収でも大活躍だってさ」


 億田金一郎といえば泣く子も黙る金融の鬼。困っている者には手を差し伸べるが、踏み倒そうとする者から尻の毛まで毟り取って地獄に落とすのが鬼たる由縁だ。


「金ちゃんがね、六城君から代金の権利? 数割引きだけど買い取ってくれたおかげで損をしなくて済んだんだって」

「それは怖い話やな、アイツの事やからそっち系に権利を売ったかもしれん」


 金一郎が言うには『理屈の通じない奴には倫理も法律も通じない奴をぶつける』らしい。詳しい事は知らないが、俺が某福祉団体に代金を踏み倒されそうになった時はそうだった……らしい。話してくれんから詳しい事は知らんけど。


「今都の人って怖いよね、真旭に店を出すって聞いた途端に『ぎゅしゃ自分たちの石油代は余所に払わぎゅあわせろ』って言い始めたんだって」


 今都町の住民は某家具店の『ご自由にお使いください』と置いてある鉛筆を大量に持ち帰ったり、ドリンクバーで持参のポリタンクへドリンクを補充して帰ったり。道路の融雪剤(塩カル)を持ち帰って漬物に使ったりする困った連中が多い。とうとう地元企業の六城石油まで困らせるようになったのか。


「なぁリツコさん、今都の人間ってどうなってるんやろうな」

「今都だからって決めつけるのは良くないわ、だって六城君が居るもの」


 生まれた場所や家柄で人の性格を決めつけるのは良くない事、わかっているが今都町のまともな人間は六城君と六城石油の従業員くらいではないかと思う。


「六城君がね、『今都の人間が嫌いになった』って」


 前々から六城君は今都の異常に気が付いていた。真旭店が軌道に乗り次第今都店を閉鎖して本店を移すみたいな事を言っていた。今回の支払い拒否うんぬんは今都からの移転を決める決定打になるかもしれない。


「そっか、仕方がないな」

「うん、そんなとこかな?」


 話したい事を話してスッキリしたのか、リツコさんは「おやすみ」と言って眠りに就いた。ママになってもリツコさんは甘えっ子のまま、時折「お父ちゃん……」と寝言を言ったりする。お義母さんが言っていた通りお父さんっ子だったのだろう。


「お父ちゃんでも何でもなってあげる」


 ニャンコな妻を抱き枕代わりにして俺も眠りに就いた。

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