移転計画⑤ 金融の鬼・億田金一郎

 億田金融と言えば、融資の対応が早く審査が甘い小回りの利く金融業者として商売人の間ではそれなりに名が通っている。そして少し高めな金利と少し厳しい取り立てをする業者として恐れられている。


「何とかしてやりたいけどなぁ、連帯保証人は怖いで」


 周囲から少し恐れられている億田金融の代表は『鬼の億田』と呼ばれることもある億田金一郎。夜逃げなんぞして借金を踏み倒そうとしようものなら地獄の底まで取立てに来ると言われる一方、正直に事情を話せば返済の為に協力する『仏の億田はん』と呼ばれる一面もある。


「儂も兄貴から毟り取る事はしとうないです」


 六城石油の新店舗に良さそうな物件は見つかったものの、売る条件が厳しかった。持ち主が提示した条件が『現金一括払い』となれば普通ならば躊躇するところである。それを金一郎が『買うべき』と言うのだから余程良い物件なのだろう。


「金一郎、お前はいつやったかいなに『レイのためなら億の金を二時間以内に用意する』って言うてたよな?」


 レイの為に一億円を工面できるお前なら何とでもなるだろうと言ってやりたかったのだが、金一郎は被せるように返事をした。


「確かに言いましたけんど、それは姪っ子みたいなレイちゃんが可愛さからであって、返済が前提である融資やと違います。万が一の保証人とか担保とか―――」


 見た目はVシネマに出てくる高利貸しみたいな金一郎だが、中身はガチの金融業者。貸した金は必ず回収する『金融の鬼』だから金融の話になると長い長い。


「兄貴、例えばでっけど『今都町から逃げだしたい若者がいる』とか言うて仲間に呼びかけたらどうでっか?」


 実は呼びかけたのだが、逃げ出したいのが今都にある六城石油となればどいつもこいつも『どこまで信用して良いのか?』と断る。そもそもよそ様に金を貸すほど儲かっていないってのもある。


「それが何ともならんからお前に相談してるんやろ?」

「兄貴、怖い目で観んといて」


 今は金融の鬼とか何とか言われている金一郎だが、俺が睨み付けると身をすくめるのは幼い頃と同じだ。あまり怖がらせるのは可愛そうなんで程々にしておこう。


「兄貴が言うなら奥の手を使いまっけど、絶対に、絶対に他言無用で。それと兄貴も共犯になってもらいま」


 犯罪行為には協力しないと言うと金一郎は「ウチはまともな金融業でっさかい」と答えて耳打ちしてきた。


「姐さんの許可が前提でっけど、兄貴の―――」


◆        ◆        ◆


 その日の夜、レイを寝かせてからリツコさんにそれとなく金一郎の計画を伝えると、予想外にすんなりOKが出た。


「ふ~ん、中さんと金ちゃんが共同オーナーになって六城石油さんに間貸しするのね。だとすると万が一があっても建物と土地は残る訳だ。いいんじゃない?」


 出資比率は六対四で金一郎の方が多いらしい。


「ところで、中さんは金ちゃんにいくら預けてるの?」

「実は知らんのや、金一郎も『知らん方がエエ、知ったら堕落する』って教えてくれんのやもん」


 汗水たらして稼いだ金なら知りたいところだが、金一郎に預けてあるのは代金を踏み倒そうとされたり殴られたりの損害賠償やら迷惑料、あとは慰謝料ってところ。


「元本保証の条件で金一郎に貸してるんや、資産運用が何とかいうてたけど何をしてるかは知らん。とりあえず人様に迷惑をかける事だけには使ってくれるなと言ってある」

「ふ~ん、で? 六城君から利息とかは貰うの?」


 六城石油からは利息の代わりに家賃を貰う事になる。


「家賃が利息、早く返せそうやったら繰り上げ返済可能。繰り上げ返済の時期次第では驚くほど低金利になるかもなぁ」

「あまり中さんの得になりそうもないね、じゃあOK」


 ただ、リツコさんのOKは無条件ではない。


「でもお店が潰れちゃうとダメだから運転資金には手を出さないで。でもって貸すのは中さんが独身時代に貯めたお金だけ。私は今回の融資にノータッチ。その代わりに何かあったら私のお給料と貯金で家計を助けるからね」

 

 さすが公務員、考えが固い。「親方日の丸はいいねぇ」と言うと「その代わり肩がこる時もある」と返ってきた。


「では女王様、肩をお揉みしましょうか?」

「ふむ、ではよろしく」


 華奢なリツコさんの肩はいつも凝り気味。細身な割に大きな胸だからとは本人の弁である。


「はい、お終い」

「にゃふ? 肩だけ? もうチョッチ下の方も揉んで欲しいかな……って言うか揉むだけじゃなくってぇ……最近の中さんはレイちゃんばっかり構うんだから……」


 妖艶な笑みを浮かべてこちらを見るリツコさんはニャンコではない。獲物を狙う雌豹だ。


「じゃあ一回だけ」

「一回?! 一回だけなんて信じられないっ!」


――――― 合     体     !! ―――――大島リツコのオールナイト仲良し


◆        ◆        ◆


「なぁ兄貴、疲れてる?」

「うん、からな、色んな意味で」


 金一郎と俺の出資により六城石油の新店舗を無事に買い取る事が出来た。


「しかしまぁ、毎日毎日小ちいこいバイクばっかりでんな。姐さんが乗ってるみたいな大きいバイクを扱えば儲かりそうやのに……」


 ウチの店は悲しいかな小規模な店舗だ。基本的に自転車店だから作業スペースが狭い。自転車と同じくらいの大きさのオートバイが精いっぱいだ。だから原動機が付いた自転車、つまり原付を扱うで精一杯だ。


「なぁ金一郎、俺も六城君みたいに店を大きくする方が良いんかな?」


 俺は若くはないが老け込むような歳でもない。六城君のように前へ前へと進むべきだろうか。そんな俺に金一郎は「止めときなはれ、この店は人を雇ってやっていけるほど儲かってまへん」と笑顔で答えるのだった。

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