六城浩紀・二十年を振り返る

―――利息はトイチ、銭を返せん時は腎臓でも目玉でも売ってもらう。


 現金一括払いで新店舗を購入したは良いが、相手は取立てが厳しいと今都まで噂される億田金融。まるで何とかローンや一昔前のサラ金のようなセリフを聞いた六城と従業員の顔から血の気が失せた。


―――と、二十年前の儂なら言うたやろな。儂の見た目はこんなんでっけど会社はに法令順守の金融業でっさかい。そもそも今回は個人融資や、儂と兄貴が個人的にお金を貸すだけ。利息は有って無い様なもんやからな。


 『億田不動産』と看板が入ったスーパーカブがエネルギーステーション六城から市道へ左折する。


「お母さんそっくりやな……我らのマドンナとそっくりや……」


 次の営業先へ向かうレイを見ながら、六城はしみじみと二十数年間の出来事を思い出していた。


「あれから二十年か、思えば遠くへ来たもんだ……」


 約二十年前に『六城石油真旭給油所』としてオープンした現・エネルギーステーション六城。今は繁盛しているが、開店当初は閑古鳥が鳴く状況だった。今都の店だからと近所の住民は近寄りもせず、駄目なのかと途方に暮れた六城を救ったのは中をはじめとする『車輪の会』のメンバーと億田金融代表・億田金一郎だった。


―――六城石油真旭店は真旭町のガソリンスタンドや、何か問題はあるか? 無いやろ? 兄貴に頼んどいたからな。


 今都にある本店はともかく真旭町に店があるならメンバーとして迎えるのに問題は無いと開店十日目に車輪の会入会の案内が届き、藁にもすがる思いで入会してからはトントン拍子で商売が軌道に乗り始めた。


―――今回は儂と兄貴の個人的融資や、家賃が利息と支払いになる。支払いが難しいときは相談すること、悪いようにはせん。儂はともかく兄貴の顔を潰さんようにだけ頼む。


「奥田会長にはどれほどお世話になった事か、会長を紹介してくれた大島さんに感謝してもしきれない。恩を返したくても……もう返せない」


 新店舗が軌道になるまでは本店からの持ち出しは仕方がないと思っていた矢先、本店で問題が起こった。今都町住民は掛け売りの石油代を『儂らの分は余所の町に払わせろ』と踏み倒そうとしたのだった。


―――ん~? 三割引きでよかったら買い取るで?


 言われるままに石油代の請求権を億田金融に譲ったのだが、結果は凄まじかった。石油代を踏み倒そうとした今都町の住民の運命は悲惨としか言いようがなかった。ある者は財産を差し押さえられ、ある者は着の身着のままで町を去ることになり、また別の者は命を絶ったり変死をして新聞をにぎわせたり……。


―――兄さん、世に中には知らん方がエエことがよーさんあるんやで。


 裏で億田金一郎が動いたと噂されるが、本人は「ウチはに法令順守でっせ? に」と言うのだからと六城は深く追究しないことにした。


――借りた銭を返さん奴は地獄行きや、返すまでは地獄の果てまで追いかけまっせ。儂は閻魔さんからでも取り立てる自信がありますわ、ハッハッハッ!


 幸いなことに六城石油の商売は軌道に乗り、億田金一郎が『鬼』になる事はなく、大島中の顔に泥を塗ることなく融資を十年経たないうちに完全返済できた。ところが一難去ってまた一難、自動車メーカーがエンジンで動く自動車やオートバイの生産・販売を縮小し、代わりに電気で動く乗り物にスイッチしようかと動き始めたのだ。これは石油販売店にとって死刑宣告と言っても過言ではなかった。


―――全部が一気に電動になるはずがない。まずは様子見で四輪用、次に二輪用の急速充電ステーションを併設したらどうや?


 二〇二〇年ごろだったか、『二〇四〇年をめどにエンジンで動く乗り物の販売を終了する』と発表したメーカーがあったが、結局全車種の電動化は出来ず石油を燃料にして動く乗り物は売られているし、走り続けている。そしてオーナーに愛されている。


―――儂は電動よりも水素って奴が気になるなぁ、もしも水素を補充するスタンドを作るんやったら融資するで。ただしガスは地の店と競るからやめときや。あと、バイオフューエルやったかな? 軽油代わりになる天ぷら油は整備士から評判が悪いからやめとき。


 水素ステーションに関しては今のところ赤字こそ無いが大幅な利益は生み出していない。ただ、走行可能距離が長い事から大津や守山方面へ通勤する会社員に好まれている様だ。バッテリーや充電器が飛躍的に進歩したとはいえ、電気自動車はエンジンで動く乗り物の半分以下の航続距離でしかない。バイオフューエルは市のゴミ回収車が使っていたそうだが、何らかの理由があったのか短期間のうちに使用されなくなったようだ。


「水素に関してはこれから伸びるってところか、まぁついでが利益を生むから長い目で見よう」


 温暖化が進んだとはいえ新高嶋市は冬になれば雪が降る。都市ガスが普及せずプロパンガスが使われているからか、二〇四〇年代に入っても石油ボイラーで風呂を沸かす家庭も多く見られる。水素を補充するついでに灯油を買う顧客は多いのだ。


「経営は順調だが、油断はできない」


 六城は新しく購入した店舗の隣にある空き地を眺めるのだった。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054884170119/episodes/16816700426931401557

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