怒りの美紀様

「さぁてと……何から話そうかな?」


 レイちゃんが「ああ美紀様、冷酷な表情が素敵」なんて言ってるけど、キレイな顔立ちの女性が怒りに燃えつつ無表情ってスゲー怖いんだぞ。ウチの母さんが静かに怒る様子なんてもう怖すぎて怖すぎて、言葉に出来ない。


「まず最初に今都市歌劇団をメディアに出られなくした」

「どうやって?!」

「そう言えば何年か前からテレビで見かけなくなったような」


 メディアからって言っても今都市歌劇団が出てたテレビは限られてたんだけどね。地元のB放送と公共放送以外に無かったと思う。


「ま、私が直接何かをした訳じゃないのよ。事務所がチョットね」

「美紀ちゃんが居る事務所には優秀な人材がいるんやで」


 葛城さんは個人事務所を立ち上げている。個人事務所だけど大手と業務提携していて、コネクションを使ったを下せるみたい。


「雑誌やネット、その他の媒体で全く取り上げられなくなったのは痛かったんじゃないかな? 全部収入に繋がるからね」


 今都市歌劇団の財政が極端に悪くなったのはテレビで見かけなくなってからだと思う。それまでは演劇関係の専門誌で取り上げられていたけれど、いつの間にかピタッと止まって県外からの観客が来なくなったとか。


「ついでに今都市歌劇団出身のタレントは共演NGにしてもらった」


 素人に毛が生えた程度の今都市歌劇団だけど、たまに出身者がタレントとして映画やドラマに出演することが有った。もちろん主役や脇役なんてもんじゃなくて『通行人A』とかのレベル。葛城美紀が『通行人A』のおかげで出演拒否となればどうなるか、聞くだけ野暮だろう。


「スポンサーも今都歌劇団出身者は警戒してるからね、ほら、今都であった事件が映画化されたでしょ? それに今都って今も大麻を栽培して捕まる人が多いじゃない。このご時世に反社会的活動をしている疑いのある人を使うのはリスクがあるでしょ?」


 僕が生まれる前、高嶋市から独立する前の今都町で大きな捕り物が有ったんだって。葛城さんが言ってる映画『はぐれている刑事・今都町の砦』の主人公はレイちゃんのお父さんがやっていたお店、大島サイクルのお客さんがモデルなんだよ。凄いよね。


「そもそもねぇ、高嶋市時代に安曇河町や高嶋町をさんざんバカにして『同郷のよしみでタダで出演して』は無いよね、こっちは演技でご飯食べてるのにさ。何だか『お前の演技には価値が無い』って言われた気がしたよ。でもって断ったら両親や息子に嫌がらせ。じゃあとことんやってやろうかなって」


 一通り話した葛城さんは「全部話せるわけじゃないけどねっ」と元の表情に戻った。レイちゃんは「うん、美紀様に対して失礼極まりない」と頷いている。


「もしかして、今都市が凋落した原因って美紀ちゃん?」

「私は何もしていないよ? 周りが怒って動いただけ」


 本田のおばちゃんの質問をさらりと受け流した葛城さんは、続々と今都市への報復を語り始めた。


「まず今都市名物だった早場米の食レポね、普通は『わぁ~! 美味しいですぅ~』みたいなことを言うけど、私は『いや、お米ですよね?』って普通に食べた。で、残した」


 今都市民にとって早場米は誇りであり最大の収入源でもある。通常の新米より三か月ほど早くに収穫できる早場米(※1)は高額で取引されていた。ところが収穫こそ早いものの味自体は普通の米より悪く、食感もバサバサでイマイチだった。


「お父さんが早場米の出荷のニュースを見ては『もうちょっと待ったら普通に美味しいお米を食べられる』って言うてました」

「私も一回だけ食べたけど、高い割に味は普通かそれ以下やったで」


 レイちゃんと理恵さんが言う通り、今都町特産の早場米は新米が早く食べられるというメリットしか無い不味い米。お米の保管庫が普及してからは徐々に売れ行きが悪くなり、農家の後継ぎ不在や高齢化が相まって生産量も低下。今はほぼ流通していないと思う。


「最近は北海道産のお米が美味しいでしょ? 農家の努力が寒さに強く美味しいお米を作りだしたんだね。それを広い土地を生かして大規模な水田で作るんだからコストも大幅ダウン。安くて美味しいお米が今都市に大ダメージを与えたね」


 安くで美味しい北海道米は全国に行き渡り、小規模な農家は尽く経営が成り立たなくなった。新高嶋市でもごく一部の『自分の家で食べる分』にこだわる農家が細々と稲作を続けていると言ったところかな?


「我が家も畑や田んぼを処分して滋賀を離れる事になっちゃった。カブが入っていた農機具小屋も処分してたんだけど、中から面白い物が出てきてさぁ。で、本田君たちに修理を頼んだわけ」


 本田のおじさんが「ついでに今都から匿えって我が家に転がり込んできた」と言いながら押して来たのは古いスーパーカブ。葛城さんのカブよりもう少し古そうな丸いヘッドライトのスーパーカブだ……と思う。


「今までさ、母親らしいことは何もできなかったからね。一緒にツーリングでもして空白の十数年間を埋めようかなって」


 本田のおじさんが「免許を取るまでに仕上がるかなぁ」って唸るほどスーパーカブの程度は悪い。このカブは父さんが乗っている郵便カブみたいに燃料タンクが外れるみたい。って事はインジェクションになる前どころか六ボルト電装の頃の車体だ。


「六ボルト電装だと六十年くらい前のカブですか?」(※2)

「カブは八十年代前半に十二ボルト化されたから、そうだね」


 リヤフェンダーに『大石サイクル』ってシールが貼ってある。レイちゃんのお父さんよりもう一つ先代のお店だ。


「発展途上国や秘境の奥でも走れる。地獄の底からでも蘇る。それがキャブ時代のスーパーカブの素晴らしさであり恐ろしさだね」

「速人が何でも直してまうから、新車が売れへん」


 僕の乗っているスーパーカブ一一〇はインジェクションモデルだ。静かで快適、しかも排気ガスがクリーン。ところが修理や改造となると素人が手を出せない部分も多い。


「カブは今都の連中と違って打たれ強い。倒れても何度でも立ち上がる。オートバイの永世王者よ。で、本田君、進捗状況は?」


 あ、今の『進捗状況は?』はドラマと同じだ。


「まだまだこれから。車体は比較的新しい年式の部品のフィッティング中。フィッティングが終わったら板金に出す。ガスケットキットと鍛造ピストンキットは特注で、十二ボルト変換キットも同じく特注品。ジェネレーター関係と点火系は一新するよ。エンジン関係は外注で作業中。見積もり見る?」


 見積もりの金額は……安めの軽自動車が買えるくらい。僕たち庶民なら修理を躊躇ってしまうのが間違いない金額だった。


「スーパーカブにここまでお金を使いますか?!」

「カブの価値が上がってるからね、これでも標準的な範囲かな?」

「私もそう思うんやけどな、カブの部品も値上がりしてるし職人さんも減ってるし……ホンマにエエの? 美紀ちゃん」


 ところが一般庶民ではなくて『スタァ』な葛城さんにとっては「かっかっかっ、こりゃぁ早いところドラマにでも出なきゃ払えねぇなっ!」と笑い飛ばす程度の金額みたいだけど。


「ま、このままずっとここに居るわけにいかないからね。実家と土地を処分したら仕事復帰よ。ところで……」


 葛城さんはニヤリとして「二人の関係はどこまで進んでいるのかな」と聞いてきた。


※1『今都の早場米』は架空の存在です。実在する全てとは無関係です

※2『少し未来のお話』の時代は二〇四〇年代前半です。

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