演じる美紀様
―――君たちの関係はどこまで進んでいるのかな?
私と楓ちゃんの関係は恋人同士だと思う。デートはもちろんチューもした。そこから先はまだしていないけれど……。掴んで引っ張ったらしいからBになるんかな?
「キスまでですね」
「かっか楓ちゃんっ!」
楓の奴め、サラリとナチュラルに答えやがって。本田のおっちゃんとおばちゃんまでニヤニヤしてるやないか。理生ちゃんは理生ちゃんで「キスってなぁに?」とかおばちゃんに聞いてるし、おばちゃんはおばちゃんで「好きな人と一つになるのはとても気持ちがええ事なんやで」とか答えてる。
「もう寝た?」
「ん~っと、小さい頃は一緒にお昼寝しましたよ」
酔っぱらって一緒に寝たのを言わんかったのは評価したいんやけど、美紀様は何だかつまらなさそうなお顔。ああ、そんな表情でさえ素敵。
「ふぅん、じゃあ二人とも男と女の仲にはなってないのね? じゃあ私が奪っちゃおうかなぁ」
何だかわからんけど美紀様の表情が変わった。妖艶っていうか怪しげな色気を漂わせた美紀様が楓ちゃんの頬に手を! 良い! すごく良い! でもアカン!
「私ってねぇ、あなたのお母さんのファンだったんだぁ……『高嶋署の白き鷹』とそっくりなお顔……ふふっ……美味しそうねぇ」
ああっ! 美紀様の手が楓ちゃんの頬に触れてこのままだとキスしてあれやこれやをおっ
「おっちゃん! 美紀様を止めてって……おい!」
助けを求めようと本田のおっちゃんを見たら目をそらされた。おばちゃんは理生ちゃんを連れて「奥のお部屋でお饅頭を食べようね」と引っ込んでしまった。どうする私!
「アカンっ! 美紀様が上で楓ちゃんが下なら観たいけどやっぱりアカンっ!」
「レイちゃん、上とか下って何っ?!」
上が入れるほうで下が入れられる方やっ!
「美紀様っ! 楓ちゃんは駄目っ!」
「そう? でも大丈夫」
何が大丈夫かわからないけど、私の彼氏から離れて!
「私ってねぇ、女の子でもいける
楓ちゃんを解放した美紀様はターゲットを私に切り替えた。表情っていうか雰囲気が変わって今度は……ああ……イケボなんだけど女性的な柔らかさも持ってる本当に奇跡のお声。
「男装の麗人なんてやってるとね、もう『女の子で良いかな?』ってなるんだよね。どう? 私と一緒にこっちの世界に来ない?」
にじり寄る美紀様の気迫に押される私は壁に追いやられ、そのまま角まで追い詰められてしまった。
「ふふっ……逃がさなぁい」
「ななななななな」
美紀様の両腕で逃げ道が塞がれている。これが古代より伝わる『壁ドン』って奴?
「美紀様やめてっ!」
突き放そうとしたら手首をつかまれて壁に押さえつけられた。
「狙った獲物は逃がさない。私、成功しかしないので」
名セリフと共に美紀様の顔が徐々に近づいてきた。このままキスをされて百合の世界へ猫まっしぐらかと思って目を瞑ったその時。
美紀様の唇が私のおでこに触れた。
「ふふっ、私の得物はファンの心。女の子の唇じゃないの」
あ、普段の美紀様に戻った。でも美紀様はとんでもない物を盗んでしまいました。私の心です……とか言うたりしてね。
「どうしてあなたたちには色気が無いのかしら? 素材は良いのに」
首を傾げる美紀様に本田のおっちゃんが「素材は悪くない。磨けば光るよ」と言った。
「こんな風に見えない部分こそ磨き上げて光らせる。内側の美しさが外側に滲み出るってね、遠心クラッチの部品を磨いてみた。キレイだろ?」
「そんな所を磨いて何になるのよ?」
おっちゃんは「オイルの流れが良くなる気がする」と言いながらピカピカに磨かれたスーパーカブのクラッチアウター見せてくれた。美紀様が言う通り大した意味は無いと思う。楓ちゃんは目を輝かせて見ているけど、その部品は古いカブにしか付かへんで。
「へえ、アルミだから磨けば光るんですね」
「そうそう、これが結構良く光るんだ。リューターで大まかに凸凹を均してからサンド―――」
古いスーパーカブのアルミ部品は磨くと光る。母は「女は男に磨かれる」と言っていた。たしかに父の髭はワイヤーブラシみたいで擦れば浮き錆が落とせそうだった。私は楓ちゃんに磨かれるのだろうか。
「男の子って、機械が好きよねぇ……」
「ですねぇ」
スーパーカブの部品を見ながら楽しそうに話す楓ちゃんは、まだ彼氏っていうより弟みたいな感覚。彼は私と付き合う事で晶おば様のように魅力的な男性になるのだろうか。いや、晶おば様は女性やけど。
「このクラッチは君のカブに付かないけどね」
「マジっすか?」
な? やっぱり楓ちゃんのカブに付かん部品やろ。私はバイクの整備は出来んけど、スーパーカブのエンジンやったら部品を見れば何の部品かすぐ分かる。お父さんが仕事をするのを見てたもん。
◆ ◆ ◆
葛城さんが言う通り、僕とレイちゃんはお互いに見た目が母そっくりなのに色気が無い。だから今まで恋人がいなかったんだと思う。
「今日の葛城さんの演技、凄かったよね」
「うん、あっちの世界へ行きそうになった」
毎度の如く酔っぱらってムニャムニャと寝言を言うリツコさんを布団まで運び、レイちゃんとお菓子をつまみながらくつろぎタイム。
「ちょっと怖かった」
「そうやね、男と女を演じ分けられるって思わんかった」
レイちゃんの場合は喋り方がお父さんそっくりなのが大きなマイナスポイント。見た目はリツコさんそっくりな美人なのに、関西弁の亜流である高嶋言葉のせいで台無しになっている。
「チョッチ演技してみよっか?」
「いいよ、じゃあレイちゃんから」
レイちゃんの提案で『いい男・いい女』の演技をすることになった。
「幸せの形は人それぞれ、男と女はわからないわ。だって理屈じゃ説明できないもの」
おおっと、レイちゃんが標準語っぽく話すと何だか『イイ女』って感じがする。表情も色っぽい。
「どうやった? イイオンナな感じが出てる?」
「いい感じだね、じゃあ次は僕の番だね」
こんなのはどうだ。ちょっと声は低めにしてっと。
「涙の通り道に黒子のある人は一生泣き続ける運命にあるからだよ」
「楓ちゃん……いい感じやん」
お互いに演技を見て話しているうちに時間は過ぎてゆく。
「女は炎、下手に手を出すと大火傷するわ……」
「炎の扱いは慣れてる、ノープロブレム……って、こんな時間か」
明日も休日だけど、あまり遅くまで起きていると生活リズムが狂う。
「レイちゃん、そろそろ母屋へ戻って寝なきゃ」
いつもならレイちゃんは「さ~て、寝るか」と母屋へ帰るのに、今日の返事は「戻りたくない。このまま朝まで一緒に居たい……」だった。
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