素顔の美紀様
女優の葛城美紀といえば、私生活が謎に包まれているので有名だ。年齢は本田のおじさん達と同級生だから四十代前半なのは間違いないけれど、それ以外は所有免許とか出身地(それも県単位で)くらいしか公表されていない。芸能人の暴露で有名な雑誌が何かないかと探りを入れた途端に廃刊寸前になったとも言われている。
「ああ……美紀様……」
今日もレイちゃんは画面の葛城美紀にお熱。彼氏として面白くない。いっそのことDVDは母屋で観てくれって思うけど、リツコさんが酔っぱらって大いびきで寝てるんだから仕方がない。
「僕が居るのに美紀様?」
「うん、彼氏が居ても男装の麗人は別腹」
しれっと答えられるとムカつく。黙っていたら「何? 楓ちゃん妬いてるん?」とか弄ってきた。
「そんな事を言うなら……こうだ」
「むぅ……んっ……もうっ……いきなり何やねん」
抱き寄せてチューしたら少しおとなしくなった。今回は舌を入れたった。あれから何回もチューするうちにお互い舌を絡ませたりバリエーションが増えた気がする。
「目が覚めたかな? 子猫ちゃん」
「アホ、子猫ちゃんって何やねん……びっくりしたわもうっ……でも気持ちよかった……」
母さんが「お父さんみたいに上手く(キスを)出来るようになんなさい」と言っていたのが何となく納得できた今日この頃。お転婆で年上なレイちゃんだけど、キスをすると照れて妙に色っぽい表情になるのが可愛い。
「美紀様ばかりじゃなくて僕も見てほしいです」
「ごめん、小さい頃から憧れてたからんや。でも男装の麗人がミステリアスなんやで、チョッチくらい大目に見てほしいって言うか……な?」
たしかに葛城美紀の私生活は謎に包まれている。
「年齢からすれば未婚とは思えへんのやけど、今まで彼氏が居たって噂は無いし居てほしくもない。美紀様は男役っていうか女性で居てほしくない」
ファンとして切実な思いだけれど、本当はどうなんだろう?
「本田のおじさんちに居るんでしょ? 聞けばいいのに」
「やっぱりそこは謎のままで居てほしい」
ファンの心理って複雑だなぁ。
◆ ◆ ◆
「だからね、男を演じる時は胸を潰して腰にサラシを巻くの」
「む……胸を……胸を潰す……やと!」
仲良く本田サイクルを訪れた私たちを出迎えたのは『胸を潰して腰にサラシを巻く』と、想像もつかない現実に狼狽え冷や汗をかく理恵おばちゃんと、美紀様@今日もイケメン♡の二人。お胸を潰すのは男装だけじゃないって教えてあげようっと。
「おばちゃん、和服を着る時って胸を潰すブラがあるんやで?」
「胸を……レイちゃんも胸を潰すやとっ! ぬうぅぅっ!」
さっさと店に入った楓ちゃんが奥で「おばさんだとそのままでOKですよね?」とおじさんに言ってる。失礼な発言だと思うけれど、おじさんはおじさんで「大草原の小さな胸だからね」とか言ってる。
「おかあちゃん、おむねないない」
「あるわっ……微妙に」
「だっはっはっ! そうそう、しかも『胃袋が底無し』だったもんねっ!」
画面や舞台でクールな美紀様がおばさん笑いしててチョッチ幻滅した。
「私は『彼氏有り』やったもんっ! 胸が無くてもってあるわ微妙に! 結婚できたし理生も産んだし……あれ? 美紀ちゃんって結婚してたっけ?」
本田夫妻は高校生の頃からお付き合いしてゴールイン。美紀様は高校時代は彼氏が居なかったと聞いたような気がする。女子にはモテたみたいやけど。私も知りたいと言ったら美紀様は笑顔を返して下さった。もう死んでもいい。
「ん~? えっと……『男』は居る。うん、若い男と暮らす事になった」
「BLやぁ!」
説明しよう、BLとは『Bike Love』の略である。つまり私のお父さんみたいに年がら年中オートバイを修理したりお母さんみたいに乗り回したり、美紀様みたいに車に積んで撮影現場まで……え? 違うって? 詳しく説明すると
「いや、BLって何よ? 息子と住むのよ、ム・ス・コ・と!」
「大佐ですか?」
ボケたら「それはム
「理恵と速人君にしか言ってなかったけど、大人になるといろいろ有るの」
美紀様は『いろいろ』が何か言いたくなさそう。愁いを帯びた表情が何とも堪らない。
「実はね、今都の歌劇団とトラブっちゃって、両親と実家に預けてた息子が嫌がらせを受けたのが実家を処分して両親たちを関東へ移そうと思ったきっかけなんだぁ」
今都市歌劇団は設立以来赤字続きで、劇団員の給料未払いや内部のゴタゴタが週刊誌や新聞で取りざたされているので有名だ。高嶋市から独立した今都市の『補完計画』で出来た大劇場は赤字と不祥事の根源となって財源を圧迫している。
「今都市歌劇団と言えば、男役がヘボなので有名ですよね」
楓ちゃんの言う通り、今都市歌劇団の立ち役は評判が悪い。特にお母さんの世代からの評判は散々なもので、舞台を観終えた御姉様(おばさんだけど)が『交通違反で白バイに捕まる方が金を払う価値がある』と言うくらいだ。
「そうそう、私に講師を頼んできたんだけど。『同郷のよしみで無料で』って言ってきたから断ったの。私は今都が嫌いだからね」
今都の人は事あるごとに『同郷のよしみ』って言うけど、私たち新高嶋市の住民からすれば同郷でも何でも無い。旧高嶋市時代にさんざんバカにして来たくせに、ピンチになると助けを求めてくる迷惑な人たちだ。もちろん新高嶋市は手助けなんかしていない。恩をあだで返すのが今都市の流儀だから。
「そしたら実家に嫌がらせをされて息子のことも週刊誌にたれこみやがって……自分たちが優位だと思って見下してくる。大した奴らじゃないわ……」
美紀様はポツリポツリと『仕返し』を語り始めた。その表情は舞台や画面の美紀様と違って背筋に冷たい物が走る、とても冷たく恐ろしい表情だった。
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