中国のお猿(混血のお猿)
中島の協力で完成したアルミフレームのミニバイク。こいつは見た目こそホンダモンキーであるが、フレームは中国製らしきアルミフレームだ。フレームがホンダ製でない場合は登録時の書類にフレームメーカーの名前を記入する。つまりホンダモンキーではなくて『中国製のオートバイをホンダの部品で修理したミニバイク』になる。つまり、キットバイクとホンダモンキーの混ぜ物である。
「てなわけで、こいつは『混ぜもんキー』と呼ぶことにした」
「ふ~ん、なんか普通やね……」
真希波さんが言う通りだ。でもそれは仕方がない。中島が言うところの「最初からカスタムされた車両は手を入れる楽しみが無いから飽きる」から「自分で弄る余地を残しておく」らしい。ゴチャゴチャと落書きされたキャンパスよりも真っ新のキャンパスの方が自由に描けるのと一緒。まぁ若干手を入れてある部分はあるが、バイク初心者がどうのこうのできる部分ではないから良いだろう。
「基本的にフレームとエンジン、あとチョコチョコしたところ以外はノーマルやからな。普通で当たり前」
中身は通好みになっているはずだが見た目は普通。佇まいに違和感が無く普通に見えるのは大事な事だ。何かが間違ったカスタムがされたバイクは立ち姿が悪い。海外生産のフレームの中にはタイヤがあさっての方向に向いてしまう物があるみたいだが、このフレームに関しては大丈夫だろう。
「エンジンかけていい?」
「どうぞ、セルは無いからな」
セルは無いが始動性は悪くない。そう言えばこのエンジン、何となくキックが軽いんやった。圧縮比が抜けているような雰囲気だ。中島が言うにはオーバーホールしてしばらく置いてあったエンジンらしい。国家二級自動車整備士がこんな単純なエンジンを組み間違いするはずがないのだが。組み間違えてたとすればあいつは整備士を辞めて正解だと思う。
「ハンドルロックを解除してキーをオン」
「わかってる」
春やからチョークレバーは引かんでも良いと思う。
「暖かいしチョークは要らんと思うで」
「黒板は無いで」
ここで黒板とは、なんて古典的なボケだろう。
「そっちのチョークと違う」
「おっちゃん、お化粧はリツコ先生に聞いた方が良いと思う」
そうそう、バイクに乗る時はお化粧してルンルン気分でお出かけ……って何でやねん。
「それはチークやな」
「だから、チョークを引くって意味がわからんのっ!」
なんてボケをかますんだと思ったが、最近の教習車はチュークレバーどころかチョークそのものが無いらしい。
「教習車についてないかもしれんけど、コレは古いエンジンやから自分の手でやらなアカン操作がある」
「ふ~ん」
ホンマにわかってるんかいな? おっちゃん心配やで。
「それがチョーク。DSSチョーカーって聞いたことがあるやろ? 本当は『締める』って意味なんやけど、吸入空気量を減らして濃い混合気を作り出して寒いときにエンジンがかかり易くする機構や。スクーターは自動のやつが付いてるし、最近の電子噴射式のエンジンやとコンピューターが制御する」
「難しい事はわからんけど、チョーカーはリツコ先生が付けてるよね? つけてる日はすっごい艶々してるんやで」
インジェクション化の波は新旭自動車教習所にも訪れたのか。ちなみにリツコさんがチョーカーを付けるのは仲良しをした翌日だ。よく文句を言われる。そして、リツコさんが艶々する分俺がカスカスになる。
「で、ペダルをキック。キックいうてもベンベン蹴るんやないで」
「がってん承知の助……?」
真希波さんは軽くキックペダルを踏み下ろしたがエンジンはかからない。「かからへんで」とでも言いたげな目でこちらを見ている。
「それではかからんぞ」
「どうすんの?」
まずは上死点を探すところからスタートだ。上死点とはシリンダーの中でピストンが最も上になる場所だ。
「キックの前に足でペダルを動かして、踏みごたえのある所で踏み下ろす」
「こうかな? ふんっにゃっ!」
バウンッ! ……トットットットッ……
不思議なエンジンだ。ボアアップして八八㏄といえばキックが重たくなりそうなものなのに、女の子の脚力で普通にエンジンが始動した。
「八八キットを組んである割に排気音に迫力が無いな」
「そう? なんかわからんけど、愛奈てぃと同じやん」
そうそう、真希波さんは角君や愛奈ちゃんと同学年だった。同学年なのに免許取得大幅に遅れたのは新型肺炎ウイルスの影響だ。教習所は時短や教習停止などが有り、新型肺炎ウイルス騒動が終わってからは大混雑の日々だとかリツコさんが言ってた。
「車体は愛奈ちゃんと似た大きさやけど、エンジンは角君のに近いかな? あの二人は最近来んのやけど、どうしてる?」
「いつも一緒、付き合ってるって噂」
幼馴染からのお付き合い、いいねぇ。青春だねぇ。
「わかった、またいつでもおいでって言うといて。じゃあバイクの説明をしよか」
少し遅れて真希波さんのライダー生活がスタートした。とはいえ彼女は三年生。進学するのか就職するのか。どちらにせよ長く乗り続けてほしいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます