中国のお猿(中島がくれたDVD)

 低血糖でフラフラになった中島が帰った後、リツコさんに中島は帰ったとメールをした。DVDの中身が気になるところだが、一応リツコさんへの託ものだから一人で観るのは止めておこう。ただし、とんでもない中身の可能性を否定できないからレイには見せないようにしておこう。あいつは(自粛)な物が大好きだからだ。無論、俺も男だから嫌いではないが、そういうのはリツコさんで十分満足している。


 メールをして十分ほど経つと一台の高級セダンセンチュリーが店先に止まった。運転席から金一郎が降りて後席ドアを開け、レイを抱っこしたリツコさんが降りてきた。もちろん金一郎のクルマにはベビーシートが装着済み。金融の鬼と呼ばれる金一郎でもリツコさんとレイの前では人の良いおじちゃんなのだ。


「兄貴、今日は急ぎますんでこれで。レイちゃん、バイバイ」

「ばい」

「金ちゃんありがと」

「ありがとうな」


 春になって不動産業も忙しいみたいだ。六城石油の新店舗について相談したかったのだが、また今度の機会にしよう。


◆        ◆        ◆


 食事を終えて家事を片付けてからは夫婦の時間。レイを寝かしつけてから寝るまでの一時間くらいは今日あった出来事を話すちょっとした憩いの時間だ。


「そうそう、中島の奴がDVDを持ってきたんやった」


 DVDをデッキにセットしようとしたらリツコさんが「エッチなやつ?」と聞いてきた。いくらアイツ中島がド変態でも俺たち夫婦に叱られるようなものは寄こさないと思う。いや、思いたい。


「中島さんって私の脱ぎたてパンストを欲しがってたよね? 変態よね」

「変態には間違いないが……変態やな」


 反対から渡されたDVDは中身がとんでもない物かもしれない。恐らく深夜に放送されているアニメ『スーパーカブ』ではないだろう。


「もしもエッチな奴だったら、その上をゆくエッチな事を中さんにするからね」

「了解」


 DVDの内容はある意味衝撃的な物だった。


◆        ◆        ◆


 ホンダモンキーは実にシンプルなミニバイクだ。ある程度部分部分をアッセンブリー状態にしておけば数日間で出来上がってしまう。そんな実寸大の動く模型みたいなオートバイは中国製フレーム故に多少の手間がかかったものの何とか組み上がった。


「やっぱり純正とは勝手が違うよな」

「部品まで中華やともう一つ手間がかかる」


 今日は初めてエンジンを始動する火入れ式。何度やっても心躍る一瞬だが、上手くいかないと頭を抱える羽目になるドキドキの瞬間だ。


「爆音マフラーと違うやろな」

「今どき爆音マフラーなんぞ流行るか?」


「そやな、今は静かで速いのが格好いいもんな」

「俺はゾッキー珍走団と知ったかぶりの知ったかちゃんが嫌いなんよ」

 

 燃料コックをONにしてからキックを数回踏む。キャブに燃料が、エンジンにオイルが行き渡ればキーをオンにして上死点を探って力強く足を踏み下ろす。


―――思ったよりキックが軽いな。


 排気量八八㏄の割にキックペダルが軽い。デコンプでも組んであるのだろうか?

 ※デコンプはキックスタート時に圧縮を抜いてキックスタートペダルを踏み下ろしやすくする機構。


「一発ではかからんか」

「組んでしばらく経つからかな?」


 今度はキャブレターのチョークペダルを引いて再び上死点を探り出してキックスターターペダルを踏み込む。三回目にペダルを振り下ろしたその時。


 バルーン! ポンポンポンポン―――


 エンジンは目を覚まし、少し高めのアイドリングを始めた。キャブのアイドルスクリューとエアスクリューを軽く調整して排気ガスが臭くない所に合わせる。今回のキャブレターも京浜PC二〇だ。もちろん中古だ。俺が掃除とパッキン交換をして、中島の持ってきたインテークマニホルドと組み合わせた。中島が使ってくれと持ってきた部品はモンキーとほぼ同じデザインで時速九〇キロまで目盛りがあるエイプ一〇〇用だったり、ヘッドライトはレンズがプラ製で軽いエイプ五〇用だったり。派手さは無いが実用性が高い物が多かった。


「ところで中島、あの動画はどうやって入手した」


 数日前に中島に渡されたDVDを観たリツコさんはお義父さんを思い出したからか幼児帰りをして大変だった。遅くまでギュッと抱っこをしてなでなでしたら何とか落ち着いたから良かったものの、冗談抜きで仕事を休もうかと思うほど寝不足になった。


「ああ、俺が十代の頃やから……もう三十年近く前か。RCカーを始めてすぐの頃やな。まだオプション部品を付ければ速くなると思ってる小僧やった」


 DVDはエロやグロではなく、数人の大人に交じって小僧だった頃の中島がRCカーを走らせていた。恐らく高校生だった頃だろう。そして幼い女の子も写っていた。


「小僧やった俺にRCカーのイロハを教えてくれたのが磯部幸和いそべゆきかずさん、お前のお義父さんやな。幸和さんの周りでチョロチョロしてたのがお嬢のリツコちゃん。つまりお前の奥さんや」


 古いビデオを整頓していたら出てきたらしい。ビデオテープの画像を業者に依頼をしてDVDに焼いてもらったそうだ。何とも便利な業者があるもんだ。


「お前が高校生の頃やったら、俺は社会人になってた頃やな」

「そうやな、大島ちゃんが卒業した後やから、バイク通学OKになったばかりの時期やね」


 中島が高校生だった頃、バイク通学は可能になっていた。だが、バイク通学に対する偏見が多くの親にあり、バイクは不良生徒が乗るものと思っていた中島の両親は自転車で通学をするようにと強く言っていたそうだ。


「ま、バイク通学をせん分はラジコンカーに金をつぎ込んだし、RCカーを辞めてからは反動でバイクを買っては直して売るを繰り返してるからな。人生はトータルしてトントンや」


 プラモデルから始まった中島の趣味は当然のようにラジコンカーに発展した。ところが今はRCカーを触っていない。好きなくとも俺が知る限りではRCカーの話は聞いたことが無い。


「RCカーをやめた切っ掛けは?」

「ん~っと、幸和さんが亡くなって、メンバーやった知ったかぶりの知ったかちゃんが出しゃばって新しいメンバーが入らんようになったから……かな?」


 中島は実力が伴わない知識だけの人間を嫌う。人間は痛い目に遭って前に進むと考えているからだ。『知ったかぶりの知ったかちゃん』が実際に作業をするとどうなるか? 物を壊すか工具を壊すだけだろう。そんな奴に限って誰かが工夫して作り上げたものを『~しただけ』と笑うのだ。


 いろいろ実践して遊ぶ中島とは相性が悪いはずだ。


「大変やったんやぞ、リツコさんがお父さんのことを思い出して甘えまくって来たんやぞ。遅くまでギュッと抱っこしろだの撫でてだの言うてたんやからな」

「お嬢は幸和さんに甘えまくってたもんなぁ」


 画面の中で幼いリツコさんはRCカーを操縦したりセッティングしているお父さんにじゃれ付いていた。


「亡くなった時は俺も葬式に行ったんやぞ。泣いてる家族三人を見てたら『幸和さん、それは無いやろ』って思ったんやが、それはさておき……オイル漏れやっ!」


 アイドリングしていたお猿の下にオイルのシミが出来ている。場所はチェーンテンショナーの部分にあるボルトの根っこ。アルミのクラッシュワッシャがある部分だ。


「ワッシャを再利用したな? ここは絶対に交換せんなん場所や」

「オイルストーンでワッシャの段を平らにしたからいけると思ったんやけどな」


 ともかく、社外フレームに純正部品を組んだバイクが形になった。このミニバイクをモンキーと呼んでよいのか悪いのかは解らない。今後は真希波さんの通学を兼ねてフレーム耐久テストの実験台として活躍してくれることだろう。


「ところで、部品代はどうしよう? 中古とはいえ社外の高そうな部品が多かったな。エイプ一〇〇のメーターも相場が上がってる、何ぼ払ったらエエんや?」


 部品代を心配する俺に中島はニヤリとしてこう言ったのだった。


「俺が死んだときに弔辞を頼むわ」


 どこまで本気か冗談かがわからない奴である。

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