中国のお猿(中島の在庫部品)

 悪魔のチューナーと呼ばれる中島は社外部品にかけては本職が驚くほどの知識を持っている。そもそもウチでは社外の補修部品はチョコチョコ使うが、社外のボアアップキットやドレスアップ目的の外装部品は滅多に使わないし使おうとも思わない。LEDヘッドランプやメーカー純正に無い面白そうなものは使う。その代りに徹底的に自分のバイクでテストをしてから使う。フレームをチェックしてから数日後、塗装を頼んでいた部品が店に届けられていざ組もうとした時。どこから嗅ぎつけたのか中島が収穫かごいっぱいの部品を持って店に来た。


「基本的に『安かろう悪かろう』やと思ってチェックしてから使えば普通に使える。問題は加工が怪しくて仕上げが荒くて材質が悪い所や」


 それは完璧に悪いんじゃないかと言いたいところをグッと我慢して中島の説明を聞いていると中国製部品の文句と共に中古部品がぞろぞろ出てきた。


「だからモンキーが生産終了する前に買いあさっておいた純正部品を持ってきた。素人作業やけど防錆処理はしてある」


 収穫かごには妙に艶が有ったり痘痕がある部品の数々がおさめられていた。恐らく中島が一つ一つ磨いては錆止めをして塗装したのだろう。


「ま、今回はフレーム以外は基本的に純正で組むって事やから使ってくれ」


 中島は以前、三輪スクーターを盗まれた上に壊されてしまった。本当なら窃盗や器物破損で被害届を出すところだが、『罪を憎んで人を憎まずだ』と、犯人を罪に問わず示談にした。問題は中島が窃盗犯の上をゆく極悪人だったことである。


「なんとまぁ、下品なくらい艶々に塗ったなぁ」

「まぁあれや、スプレーの二液ウレタンで塗ってた時の部品やからな」


 中島は『罪を憎んで人を憎まず。お金を愛する』と『悪人に人権は無い』がモットーな男だ。とんでもない金額で示談をまとめたおかげで中島のガレージは『安曇河ベース』と呼ばれるバイクの事なら何でもできるショップ顔負けの秘密基地に変貌した。


「今やったら調合してブースで(塗料をスプレーガンで)シュッと塗るけどな」


 溶接からサンドブラスト、塗装ブース等々。とにかくカスタム派なら一度は夢見るプライベート空間になったのである。


「ウレタンクリアーは余らせるわけにいかんからな。余ったクリヤーで適当に塗ったら艶が出過ぎた」

「じゃあけっこう前にストックした部品か」


 この部品は中島がコツコツと仕上げたものの、何となく自分のオートバイに使う気にならなかった物らしい。そりゃそうだ、艶が有りすぎると下品に見えるからだ。とはいえ艶消しも違う気がする。フレームやステップなどの黒い部品は微妙な艶消しくらいが丁度良いと思う。半艶消しと艶有りの中間くらいで良いと思う。


「いつかチョイ乗り用の4miniを作るときに使おうと思ったけどな、もうジャイロがあるからチョイ乗りバイクは要らんわ。ボックスを付けたジャイロが有れば通勤から買い物まで車要らずやからな」

「ごもっとも、ウチの奥さんもお買い物にはジャイロを使うからなぁ」


 ホンダジャイロはちょっとした買い物に便利な三輪スクーターだ。リツコさんはお買い物に使っている。何度か罰ゲーム(?)でミニスカメイド姿で乗っていたが、ミニスカートでも乗りやすいらしい。


「ところで奥さんは? 逃げられたんか?」

「とんでもない、ラブラブやぞ」


 リツコさんが居ないのは『奥さんリツコさんの脱ぎたてパンストをくれ』なんて言う変態に会わせたくないからだ。冗談を言ったつもりだったのかもしれないが、言われたリツコさんは本気でゼファーで轢き〇そうと思ったに違いない。あの眼は間違いなく本気だった。エッチな事をしたくて堪らないときと同じ眼だった。


「そっか、お嬢と久しぶりに会えるかと思ったんやけどな」

「お嬢?」


「いや、こっちの話」


 中島はカバンから一枚のDVDを出して「あとで観てみ」と言って俺に渡すと中華フレームに取り付ける部品を漁り始めた。中島が持ってきた部品ウレタンクリアースプレーで塗られた部品以外は程よく手入れされていた。本人が言うには「汚い部品が棚にあるとイライラする」らしい。だからある程度掃除をしてから在庫しているのだとか。思っていたよりマメな奴だ。

 

 ただし「エンジン内部の鉄部品はオイルまみれのままやけどな」らしい。エンジンオイルの防錆性はスプレーオイルの物とは桁違いってのが奴の理論だ。


「まずはエンジンや、モンキーはエンジンが無いと自立せんからなぁ」

「K社の七五㏄キットか……ふぅん、らしくないエンジンやな。俺の組んだエンジンを試さんか? フレームの実験ついでに試してもらいたいエンジンがある」


 中島がクルマのリヤゲートから取り出したのは、シリンダー部が銀色に輝くエンジンだった。恐らくアルミシリンダーだろう。


「T社のノーマルヘッド対応の八八㏄キットパッパーを組んである」


 カリカリにチューンしたエンジンは通学には不向きではないかと問うと、ニヤリとして「俺の考えでこしらえたカリカリでない八八㏄エンジンやから大丈夫……やと思う」と中島は答えた。


「ハイオク指定のエンジンは嫌がりよるかもな」

「大丈夫、考えてある」


 元々ハーネスが装着されていたフレームに塗装済みの部品が取り付けられる。作業が進むにつれ中華フレームはオートバイらしくなる。


「中古やけどD社のショックアブソーバーな。ちょっと固いけどフレームが重いしコレでエエやろ。リヤもノーマル長のショックが有ったから付けてしまおう」

「おいおい、けっこう高価な部品やで」


 高価なはずの部品がバンバン投入されるが、ロングスイングアームにするわけでは無く、社外製フロントフォークにしてディスクブレーキ化するわけでもない。ノーマルだと不満に思う分部分をさりげなくグレードアップする程度のカスタムというより適切化、もしくは補完といったところか。


「悪魔って呼ばれる割に普通やな」

「俺はこんなバイクも作れるんだぜ……っと、今日はここまでにしておくか」


 午後六時半で中島はスタミナ切れ。それほど弱っている様に見えないが、病が中島の体力を奪ったのだろう。フラフラになりながらも「奥さんとDVDを観てや」と帰って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る