2021年 4月 新年度スタート

新年度

 リツコさんと結婚して以来、我が家では新年度初日の四月一日に家族写真を撮っている。愛車とともに写真を撮り……いや、今は『画像を撮る』と言うのだろうか。ともかく、毎年決まった日の自分たちの姿を残しておくのが毎年恒例の行事になっている。


「年々台数が増えるなぁ、これ以上は増やさんで」

「でも、もう一台くらいは」


「そのもう一台はジョルカブやろ? そんなに登録してどうするんや?」


 ゼファーにリトルカブ、ミントにジャイロXはリツコさんの愛車。ゴリラは俺の愛車だ。四台のミニバイクと一台の大型バイクが並ぶとなかなか迫力がある。倉庫の中にはジョルカブが控えているし、実験用に買った奴も整備を待っている。


「これ以上だと日替わりでも持て余すね、仕方がないか」


 カメラをセットするリツコさんはバッチリとメイクをしている。四月一日は異動の時期でもある。幸か不幸かリツコさんは今年度も高嶋高校から異動しない。恐らく当分の間は移動をしないだろうと言っていた。高嶋高校は魑魅魍魎が蠢く今都町にあるからだろう、赴任を希望する者が皆無なのだとか。


「なぁレイ、ママに『もっと私を構って』って言ってやり」


 抱っこしているレイに話しかけると、レイは俺の顔を見て「ト……ト?」と言った。


「お? レイが俺のことを『トト』と呼んだ。父ちゃんだぞ~」

「とと!」

「ふふっ、中さんはお父さんよ。レイにとっても私にとってもね」


 三十路の娘がいた記憶はないが、リツコさんがそう言うなら俺はリツコさんの夫なだけでなく父にもなろう。


「さぁ、早いところ写真を撮らんと遅刻するで」

「よ~し、いくよ~っ!」


 デジカメをセットしてリツコさんが駆け寄ってきた。レイを抱っこした俺の傍らに立ちカメラを見て数秒後、シャッターの降りる音が聞こえた。


「撮った画像を確認できるのが良いな」

「便利になったよね。この子たちには当然な事だろうけど」


 世の中はどんどん便利になってゆく。そんな世の中から取り残された陸の孤島・高嶋市で俺たちはこれからも生きて行く。


「さぁ、出発せんと遅刻やで。はい、お弁当」

「うん、行ってきます……の前に」


 レイの目の前でするのは何だかこっ恥ずかしいのだが、行ってらっしゃいのチューをする。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 今日のリツコさんは妙に情熱的だったと記しておく。


◆        ◆        ◆


 新年度だからってわけじゃないが、これからは社外部品だからと言って敬遠しないでおこうと思っている。悪人ばかりだと思っていた今都の住民の中には六城君みたいなまともな人間が居る。何事も全部が全部ダメだと決めつけてはいけないと最近は思い始めたからだ。もちろんメーカー純正部品を軸に修理やカスタム、そしてアップデートは続ける。だが、純正部品値上がりは止まらない。


「こんちわ、お届け物で~す」

「おおきに、じゃあサインっと」

 

 メーカー純正部品は間違いない(とも言い切れない事も最近ある)が、五〇㏄のホンダモンキーが製造終了されて数年が経つ。インジェクションモデルの前の型、ウチで主力だったキャブレター車は十年以上前に生産終了している。


「さて、社外部品はどんな塩梅かな?」


 昨今の不景気の影響だろうか、メーカーは余力が無いからか徐々に古い原付の部品を供給停止し始めた。


「う~ん? どうなんやこれは?」


 一方で勢力を伸ばしているのが海外で生産された社外カスタムパーツだ。最初の頃は安かろう悪かろうの典型的な例だった。だが最近はなかなか悪くない部品も存在するみたいな噂を聞いた。特にカスタムパーツでは『インジェクションモデルのデザインでキャブ車に取り付け出来るガソリンタンク』や『海外製タンクにポン付けできる日本製タンクキャップ』みたいなニッチな商品もあるとか。


「エンジンも見た目は悪くないな、良くも無いけど」


 メーカーは儲けにならない客を切り捨てる。見捨てられたユーザーを社外部品メーカーが助ける。社外部品に流れるユーザーが悪いのか、それとも面倒を避けるメーカーが悪いのか。俺にはわからない。


「タンクの塗装は……う~ん、これは厳しいか」


 俺が大石サイクルの常連だった頃、ホンダモンキーとゴリラの兄弟車種は「フレームとクランクケース以外は社外部品で組み立てできる」と言われていた。


「フレームは前に買ったアルミの奴があったな……」


 今ではフレームやエンジン一式もボタン一つでポンと買える時代だ。パーツリストを見て部品番号を調べて、部品屋に行って注文するなんて時代遅れかもしれない。


「丸ごと買った方が面白かったかな?」


 今ではホンダ製とそっくりなキットバイクがネットでもで買えるようになった。だが、故障したらどうなるのだろう。安曇河町みたいにオートバイ取扱店があれば修理できると思っているのだろう。だが、車輪の会のメンバーはキットバイクの修理を断る店が多い。


「車体丸ごとの奴はトラブルが出そうやからなぁ」


 オートバイを趣味では無く実用で使う者にとって故障は一大事。フレームの状態から社外部品を多用して組むのは『走る実験室』とするからだ。


「配線図を追える様にハーネスと発電機は国産を使おう」


 社外部品に関するノウハウさえ積んでおけば、今後全ての部品が供給停止になった時に役立つだろう。情報を発信するのも良いかもしれない。そうすれば俺が死んでからも小さなバイクたちは走り続ける。


「こんにちは、おっちゃん何してんの?」


 届いた部品をチェックしていたら自転車に乗った女子高生がご来店。おそらく免許を取って春から乗るバイクを物色しに来たのだろう。


「ん~? 一台組もうかなってな」

「へ~、何かピカピカした部品やなぁ」


 ここは滋賀県高嶋市、学生たちがオートバイで通学する全国で珍しい街だ。


「ピカピカやけどな、まぁ実験台やな」


 そんな街で俺は今年も商売を続ける。


「ふ~ん、じゃあこれが欲しいって言うてもアカンの?」


 若者のオートバイ離れはこの街には来ていないようだ。


「アカンわけじゃないけど、まだ実験中やからな……」

「じゃあ、実験台になるし安うしてくれる?」


 実験は色々な状況で乗るのが一番良い。俺が乗るとなれば週末や買い物くらいで走行距離が伸びない。通学で乗ってくれるなら都合が良い。その代りに車両はパーツだいくらいの値段にしよう。修理は工賃は無料って事でどうだろう。


「多少の不具合を笑って堪忍してくれるんやったら売るで」

「うん、その代り修理代もまけてな」


 本年度も我が大島サイクルは営業中。俺は店を訪れる学生たちに問い続けるだろう。


「で、オートバイに何を求める? 予算は? どんなふうに使う? ……条件を聞こうか……」

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