令和二年度の終わり
四月一日の時点で原動機付き自転車などのオートバイを所持していると税金がかかる。乗らないオートバイに税金を払いたくない者に狙いを定めてやって来るのがオートバイ回収業者である。いや、バイクと引き換えに代金を渡すのだからバイク買取業者と言えば良いのか。最近は湖西の田舎町まで大手が出張買取に来るからか苦戦している様だが。
「毎年恒例のバイク卸し業でござい」
我が家にあるミニバイクはリツコさんが税金を払っている。複数台所有だと保険も含めて結構な出費になるのだが、趣味らしい趣味がお酒を飲むことくらいのリツコさんにとっては大した負担ではないのだろう。そもそも収入が安定している公務員やもんな。
「で? 今回はどうなんよ?」
「ん~っとな、放置で不動のパターンかな?」
新型肺炎絡みで密を避ける連中が通勤用にミニバイクを買ったは良いが、新型肺炎はワクチンの普及もありアッという間におさまった。となれば原付を使う事は減り、放置されたミニバイクは不動車になって捨てられてしまう運命にある。そんなオートバイが我が店を訪れて新しいオーナーへ嫁ぐ。
「税金を払うのが惜しくてポイか、薄情なもんやで」
「まぁ、そのおかげで私らみたいな買取業者が食っていけるんやからね」
捨てるより金にしてしまえと売りたがるものが居れば、じゃあ引き取りましょうと買いたがる者も居る。バイク回収業者は金になるオートバイを回収して金にならないポンコツをウチへ卸しに来る。
「で? この中のどれを売ろうっていうんや?」
「ま、相場が落ちてるからな。好きなのを買ってくれたらエエよ、今回はどれもお買い得価格で卸すわ」
話を鵜呑みにするのは危険だが、今回はどれもそこそこなミニバイクばかりだ。メットインのスクーターを選んで数台買うことにした。高校生には座席下に荷物が置けない古いスクーターは不人気なのだ。走り自体は排気ガス規制前のスクーターの方がパンチが有って面白いのだが。
「四サイクルエンジンの初期物ばかりねぇ、好きやねぇ」
「インジェクション車はカーボン噛み込みがな……」
バイク回収業者は呆れているが、俺は基本的に四サイクルエンジンが好きだ。きちんと整備すればオイルを食わないし音が静かだ。それに燃費が良いだけでなく排気ガスも臭くない。問題は遅い事だが、まぁその辺りは何とかしよう。
「四サイクルと言えばこんなのもあるぞ」
「ん?」
◆ ◆ ◆
春と言えば、我が家では恒例の行事がある。スタッドレスタイヤをノーマルタイヤに戻すことは良いとして、リツコさんの巣と化したコタツとホットカーペットを片付けなければならない。
「レイちゃん、お父さんの邪魔したらあきまへんえ」
「いゃんいゃん!」
「レイ、お母さんが居ない間にコタツをしまうから離れて」
レイは一歳児と思えないほどの強烈な握力でコタツ布団を握りしめて離さない。どうやらリツコさんのDNAは外見だけでなくコタツに対する愛情も遺伝したらしい。
「ギャァア~ン! ウァ~ン! ギィヤ~ッ!」
レイの必殺技『おばはん呼び』が炸裂した途端にご近所の奥様方が何事かと店に来た。こうなると「コタツくらいよろしいがな」と言われて有耶無耶のうちに作業中止になってしまう。
「今度の休みに片付けるしな」
「キャハッ! ニュ~ン♡」
「リツコさんそっくりどすなぁ」
乳母の志麻さんの言う通り、レイはリツコさんとそっくり……いや、小さなリツコさんと言っても過言ではないだろう。そのうちシチューのお肉ばかりよそったり、お酒を飲みすぎてすっぽんぽんになってしまうに違いない。酔って脱ぐだけならまだ良い。もしも酔って裸で男の寝床へ潜り込んでしまったら……ああ嫌だ、考えたくもない。もしもそんな事態になったら俺は鬼と化すだろう。
「子供が二人いるみたいってこんな感じかな?」
ぼやく俺に志麻さんは「甘えられるのも男の度量」と言った。
「やれやれ、仕事の続きをするか」
コタツから出てこない愛娘をしばらく眺めた俺はため息を一つ付き、仕事場へ足早に戻った。
夕方になって志麻さんは帰り、レイのお守りを引き継ぎ、晩飯の用意もしながら妻の帰りを待つ。今日の晩飯はお鍋。これが今シーズン最後の鍋になるだろう。季節は春、何か卒業するだけでなく始めるにも良いシーズンだ。先日リツコさんとよく似たキャラがキャラが登場するアニメが完結した。令和二年度ももうすぐ終わり。新型肺炎ウイルスの影響で売り上げが落ちたりしたが来年度は何とか盛り返せるだろう。
―――何事も終わりが来る。俺も新しい一歩を踏み出さないと。
俺も純正部品にこだわる今までのスタイルを終わらせて、海外製の部品も試してみようと思っている。
「たっだいま~っ! 晩御飯は何かニャ?」
「おかえり、今日は今シーズン最後のお鍋やで」
リツコさんが帰ってきた。お腹を空かせている。何かを始めるのも悪くないが、とりあえず今夜は今シーズン最後のお鍋だ。
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