今都補完計画

 少し前の話になるのだが、高嶋市では二月末に市長・市議会議員選挙が行われた。俺は家事で忙しくて投票を忘れていた。リツコさんは寝坊してレイとゴロゴロしているうちに投票時間を過ぎてしまった。だからではないと思うが市議会議員の大半が今都町出身になってしまった。なぜそんな話を思い出したかと言うと、六城君が我が家へ訪れたからである。


「そりゃそうですよ、立候補したのがほとんど今都町の人ですもん」


 他の街からの立候補者は居なかったかと言われるとそうでもないのだが、市の南部地域から立候補して当選したのは頼りにならない某共〇党からの一人だけだった。


「このけったいな名前の人は何の人や? まぁコーヒーでもどうぞ」

「あ、どうも。その人は沖縄から来たミュージシャンです」


 高嶋市の南部の住民は市北部の情報を得ようとするルートが無い。ところが我が大島サイクルは六城石油を通じて情報を得ることが出来る。理容店とガソリンスタンドは街の情報が集まる場所だ。農協が統合されて今都町から石油販売所を無くした今、今都町の住民は六城石油か蒔野町まで買いに行くかの二択。値段だけに目を奪われる住民よりも比較的まともな住民が訪れて情報を落としてゆく。


「なんや、よそから来た人に負けたんか」

「でも今回は(市の)南部からの立候補が少なすぎですよね?」


 六城君はコーヒーを一啜りすると「何かが起こりますよ」と話し始めた。なんでも今都町では以前から高嶋市からの離脱する流れが出来ており、今回の選挙で議会の大半を占めた今都町出身の市議会議員団が独立に向けて動き出しているのだとか。


「安曇河からはあの党の一人と二期目が一人、高嶋・朽樹から一人ずつか」


 市議会では数が物をいう場面が多々ある。あの党の議員は当てにならないうえにもう一人はキレ者とはいえまだ二期目の若手議員。


「噂やけど、今都と蒔野を高嶋市から離脱させる計画があるんやって?」

「高嶋市から今都を離脱させる『今都補完計画』です」


 五町一村が合併して生まれた高嶋市は、今都町が抱えた大量の債務を国や防衛省からの補助金で返還する為の救済処置であると我が店に来る常連が言っていた。演習場周辺地域整備補助金を自然体で受け取り、かなりの割合を債務返還に充てる計画は見事に的中して前年度でマイナスはほぼゼロの健全経営になったとか。


 ただし、切り捨てられたり見直されたりした事業も多い。無料観光バスとして今都市民が使いまくっていた市役所所有のバスは一般向け貸し出しされなくなったり、数多く有った公園が廃止されたり、公園を整備していた事業者との契約が切られたり。とにかく無駄な支出が抑えられたことにより、今都市民の文化ともいえる『浪費』は限界まで削られた。


「なんやそりゃ?」

「議員さんが言うには『野蛮で愚かな南部から今都を隔離して失われた文化的な町を取り戻す計画』らしいです」


 今都町が債務超過で破たん寸前まで行ったのは『文化的な街造り』を推進したのが原因である。箱モノを乱立し、町役場職員には信じられないくらいの高待遇。議員たちの地域住民への利益供与とも思える研修旅行と称した観光旅行も財政を圧迫した。にもかかわらず文化的な町を取り戻すとは、今都町政で行われた数々の失敗を忘れているのだろう。


「どんな高収入でも収入以上に浪費したら赤字やからな、予算内で上手くやり繰りして納めるのが普通やと思うけどな」


 旧今都町では『金が無ければ自衛隊からむしりとれ』を合言葉に助成金要求していた。仮に今都が独立して以前のように補助金を要求すればどうなるか、戦車隊が無くなると言われているどころか今都駐屯地の撤収さえ噂される陸上自衛隊が黙っているとは思えない。


「今都は先行きが怪しいんで(市の)南側へ新店舗を出そうとしているんですけどね」


 六城君は困っているが、専門外の俺には助けようがない。新店舗候補の物件探しは金一郎でさえ苦戦中と来たもんだ。


「まぁ金一郎の事やから悪いようにはせんと思う。ドンと構えて待っとき」


 急いては事をし損じる。行き詰った時こそ慌てず落ち着いて行動しなければいけない。


◆        ◆        ◆


 帰ってきたリツコさんに今都補完計画の事を話したら「知ってるわよ」と返事が返ってきた。今都補完計画は県立高嶋高校にも影響しているらしい。


「今都補完計画はね、今都の住民が快適に楽しく過ごす計画よ。私たちみたいな余所者が入り込まない文化的な街造りを推進する計画。平成の大合併で失われた文化的な今都を取り戻す計画、それが『今都補完計画』よ」


 高嶋高校は校舎が老朽化していて、耐震性やリモート授業に対応するために建て替えを検討されているのだが、騒音や振動の問題で補償金や慰謝料を求める訴訟を起こす流れが今都で起きているらしい。


「まだナイショなんだけどね、高嶋高校は移転を検討されているの。移転先はまだ本決まりじゃないんだけどね」


 もう少し詳しく効きたいところだが、レイが「ママ~」とリツコさんに抱っこを求めているのだからやめておこう。どんな人間でも母親から生まれる。父親より母親に抱っこされる方が良いのだろう。


「この子が高校へ通う頃はどうなってるんやろうな」

「高校の事?」


 レイは日に日にリツコさんに似てくる。


「べろべろばぁ」

「にゃ~ん」


 レイが高校生になる頃、俺は六十歳になる。その頃の俺は、そして我が大島サイクルはどうなっているのだろう。

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