ブレーキ

 スーパーカブやモンキーに限らず、オートバイにはブレーキが付いている。基本的に前に一つ、後ろに二つの計二個のブレーキが付いている。え? お前の嫁が乗ってる三輪バイクはどうなんだって? ああ、あれは後ろのブレーキは二個ついてるな。え? ヤマハの前タイヤが二本の奴? 悪いね、ウチは基本的にホンダ屋さんだから。


「なぁおっちゃん、このレーシングシューって付けたらめっちゃブレーキ効く?」


 高校生を相手していると毎年一人か二人くらい同じ質問をしてくる。シューとは靴ではない。ドラムブレーキ……と言ってもメカに疎い人にはわからんな。輪っかの内側に摩擦材を押し付けてブレーキをかけるのがドラムブレーキだ。


「ん~? ブレーキが効かんのか?」


 ドラムブレーキはコントロール性がディスクブレーキよりよろしくない。モンキーだと社外部品を組み合わせてディスクブレーキに交換する者が多いのだが、まぁアレはドレスアップの意味が大きいと思う。


「ううん、効くで」

「そらそうやろ、キッチリ整備した診たもん」


 ちなみにディスクブレーキは円盤を摩擦材で挟んで制動するブレーキシステムだ。放熱性が良くコントロール性も高いのでフロントブレーキに多く採用されている。


「でも『レーシング』って格好良いやん」

「まぁ響きはエエな」


 四輪の整備士資格を持つ機織りに言わせると、ドラムブレーキは「一発の効きはディスク(ブレーキ)より良い」らしい。ただし「倍力作用が勝手に効くからカックンと効くブレーキになる」とも言っていた。ロックしやすいのが特徴でもある。


「でも今のままで不満が無いんやったらそのままがエエと思うぞ」

「そう?」


 ドラムブレーキの欠点はコントロール性の低さと放熱性の悪さ。内部に汚れが溜まるから掃除が面倒なんてのもある。左右にタイヤがある四輪車の場合は効きに左右差が出てしまう事もあるみたいだ。いつだったか三菱ジープに乗ってる金一郎が「水たまりを通り抜けたあとブレーキをかけたら片効きで恐ろしい目にあった」と言ってディスクブレーキに交換したくらいだから相当なのだろう。


「腹八分って言うやろ? 何でも程々がエエんや。K社のシューが入ってるんやから十分効くって」

「おっちゃんが言うと何となく説得力があるな」


 そもそも高嶋市内でドラムブレーキが焼けるほどの下り坂は無い。


「それにな、レース用って普段乗りでの使い勝手はどうかなって思うぞ」

「なんで? レース用やったら効くんじゃないの?」


「そうでもない」


 レース用のブレーキ摩擦材が対フェード性に優れた素材が使われている。フェードとは高温で摩擦材の摩擦係数が落ちることだ。ドラム内に摩擦材があるドラムブレーキはレースや長い下り坂などの過酷な使用条件で熱を持ちやすい。


「ある程度ブレーキの温度が上がらんと効かんみたいな事も聞くぞ。通学で使うくらいやったら本領発揮する温度まで上がらんかもしれんで」


 儲けたいって気がしないではないが、使わなくても良い金を使った上に乗り辛くなっては意味が無い。そもそもスーパーカブは海外で酷使されても耐えるブレーキが付いているのだ。同じシューを使って小さな八インチタイヤを制動するモンキーならなお更ノーマルかノーマルプラスアルファくらいで十分なはず。


「じゃあ、もしも『もっとブレーキを効かせたい』ってなったらどうすんの?」

「その時はストリート用かジムカーナ用がエエんと違うか?」


 ストリート用はその名の通り公道用だし、ジムカーナ用はヨーイドンで走り出してすぐにブレーキをかけてギュイギュイ曲がっている印象がある。


「というわけで、不満があるんやったら何とでもするで」

「不満は無いで、ちょっと興味があっただけ」


 正直を言えばよく効くブレーキシューの中にはブレーキドラムに攻撃性が高いものがある。ブレーキドラムが削れてしまうと修理代がドカンと跳ね上がってしまう。高校生のお小遣いには厳しいレベルの出費である。


「ま、不満は無いしキュッて止まるしな」


 興味があるのは大いに結構。間違ったことをしてしまう前にキチンとデメリットも説明しないとあとで問題になるから要注意だ。まぁ基本的に整備さえしておけば原付のドラムブレーキは悪くない。クルマと違ってワイヤーでシューをを動かす。漏れたフルードでシューが濡れて効かないだとか、左右で片効きする事は無い。そもそも構造が簡単で故障が少ない。


「な? 安全にかかわる事やから、どうしても触りたい時は作業を見るから店においで」


 恐らくこの子はブレーキに分解まで自分でする事は無いだろう。慣れない作業を人に任せるのは恥ずかしい事ではない。危険な目に合うくらいなら誰かに作業してもらう方が良い。じゃないと我が家の夕食が鶏肉ばかりになってしまう。


 そろそろリツコさんが「お肉!」と言うだろう。もうすぐ来年度がスタートする。新型肺炎は収まった事だし、令和三年度こそ商売にブレーキがかかりませんように。


◆        ◆        ◆


 ブレーキで思い出した。リツコさんはお酒にブレーキがかからない。レイは歩き出すと上手く止まれず転んで泣いている。二人に取り付け出来るブレーキは無いだろうか?

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