閑話 リツコの一日④ 新年会
お風呂から上がった私たちを待っていたのは湯気を立てるお鍋。さらにビールにレモンサワー、そしてウイスキーや焼酎だけじゃなくて今年の新酒等々の酒類がズラリ。このお酒を並べるのは大事。呑む呑まないは別として気分が盛り上がる。もちろん私は全部の種類を呑むけどね。
「よっしゃ、そろそろ始めるで! 去年は新型肺炎騒動で集まって呑めませんでした。今回は
「「「「「乾杯っ!」」」」
金ちゃんの音頭で宴がスタート。いつもは『金融の鬼』と債権者から恐れられる金ちゃんだけど、今夜は鍋奉行。中さんは毎度のことながらお造りを出したりお酒を燗したりで大忙し。政さんはレイを抱っこしてあやしてくれている。おかげさまで私たち女性陣は呑んで食べて喋ってに全集中。志麻さんは呑みそうな感じだから納得なんだけど、明日香ちゃんが良いペースで呑めるのには驚いちゃった。志麻さんは日本酒派だけど明日香ちゃんは焼酎派。私は何でもいけるけど序盤はビール。明日香ちゃんが「新酒を呑まないんですか?」と聞いてきたので、私がなぜビールを呑むのか詳しく説明してあげた。
「ビールはね、寂しがり屋のお酒なの。寂しがり屋だから揚げ物・お鍋・焼肉・乾きもの・刺身・煮魚・焼き魚、でもって辛いものからしょっぱい物、寂しがり屋さんがお腹の中で美味しいものと出会えるように最初に呑んであげるのよ」
もちろん科学的なデータは無い。ただ、ビールは鯨の刺身と相性が悪いので要注意。ゼファーちゃんでツーリングに行った先で食べたんだけどさ、まさか鯨がビールと相性が悪いと思わなかったよ。
「でもリツコちゃん、ずっとビールやおまへんやろ?」
もちろんビールなんて軽いお酒はウォーミングアップみたいなものだ。
「ビールでのどを潤してから日本酒ですね、新酒は冷酒でキュッと」
「その前に熱いのも入れときまひょか、例の物を」
熱燗を湯呑で呑んでいた志麻さんがポンポンと手を叩くと、中さんが「河豚と言えばこれやろう」と蓋をした湯呑を持ってきた。コトリと湯呑を置くとマッチを擦って火をつけた。
「マッチの火をっと……」
湯呑の蓋を開けるとボッっと一瞬だけ炎が上がった。湯呑の中には、何これ?
「余計なアルコール分を燃やすんやってさ」
「もしかしてヒレ酒は初めて? 呑んだことありそうなもんやけど?」
「ん~っとねぇ、私って若い頃お金が無くってね~」
自慢じゃないけど私は学生時代常時金欠だったのだ。生活費にゼファーちゃんのローンや維持費にガソリン代、でもって学費等々でバイト三昧の大学生活。お酒は居酒屋で奢ってもらえたけど、河豚なんて高級な物は食べられなかった。
「では一口」
ヒレから出たお出汁が熱~い日本酒に染み出して何とも贅沢なお味。カッと熱い酒精が居に流れ込んだ後は香ばしい香りが鼻に抜ける。まるでカムシャフトが低回転側から高回転側に切り替わったようなパンチと伸び。この官能的なフィーリングはまさに味覚の
「ううむ、この味を知らぬまま生きてきたとは。大島リツコ汗顔の至り」
「なら姐さん、本体も食べていただかんと」
金ちゃんが河豚を取り分けてくれた。
「ずいぶん前でっけど、金を返せんようになった男が居ましてなぁ。金が払えんならとカニ漁船に乗せたら妙に漁師に向いていたみたいで、その後は鰹にマグロ、カニなどなどの色んな船や漁場を渡り歩いて億単位の銭を稼いだんですわ。その銭を元手に河豚の養殖を始めしたたんやけどな。新型肺炎の影響で―――」
金ちゃんが河豚の入手ルートについて説明してくれるけど、どーでもいい。河豚の身は鶏肉に似た食感だけど、やっぱり魚って言うか、不思議な感じのお肉? 私は魚よりお肉が大好きなんだけど、これはお肉より好きかもしれない。
「う~ん、これはから揚げにしても美味しいかも」
「あ、兄貴に唐揚げ用の河豚を渡してあるんで」
うむ、さすが我が舎弟。よくわかってる。でも金ちゃん以上に私のことを分かっているのは中さんだ。さっきからお台所からジュワ~っと何かを揚げる音が聞こえている。河豚の唐揚げを作っているに違いない。
「唐揚げにはビールだけど、レモンチューハイもイイのよねぇ」
お刺身を肴にヒレ酒を呑み、ヒレ酒が無くなれば鍋を肴にビールを呑む。
「ほい、河豚の唐揚げですよっと」
唐揚げが来たときにはビールの空き瓶がズラリ。言っておくけれど私だけじゃないんだからね。政さんは飲まないけれど、志麻さんと明日香ちゃん、でもって鍋奉行をしながら金ちゃんも呑んでるんだから。
「にゃふっ♪ これは美味しいに違いない」
明日香ちゃんが「リツコさんはお料理上手な旦那さんが居て幸せですねぇ」とか言うけれど異論はない。私のお料理下手は明日香ちゃんでも志麻さんでも治せない筋金入りなのだ。にゃあ~んと口を開けてバクリと噛み付けば口の中は灼熱のパラダイス。
「おお……これは鶏よりも軽やかなのに物足りなさが無い」
河豚って不思議なお魚だ。鶏肉に似ているけれど、鶏肉とは違う海の香りがする。
「明日香ちゃん、これってレモン酎ハイにも合うよ」
「ですね~」
ビールと唐揚げを堪能していたら一仕事終えた中さんが台所から出てきた。「げ、もうこんなに呑んだん?」とか言ってるけど気にしな~い。
「さて、ビールとヒレ酒でウォーミングアップ出来たっと
このあと我が家では夜遅くまで宴会が続いて、久しぶりにベロベロに泥酔した私を中さんと金ちゃんが布団まで運んでくれたそうです。全く記憶にないのは言うまでもない(笑) でもって翌朝。お台所に集められた空き瓶の数はおかみさんが一人でやってる居酒屋さん並みだった。酒豪が三人そろうとすごーい(棒読み)
「うう……どうして私だけ出勤なのよぅ……」
「公務員やからやね」
私以外の三人が翌日に起きられないほど呑み放題だったのは理由がある。志麻さんは政さんにレイの世話をお願いしたから今日は休み。金ちゃんは呑み潰れる予定でスケジュールを開けてたから今日はお休み。明日香ちゃんは金ちゃんに「一日くらい休んでいいから思い切り呑むべし」と言われて呑んだから今日はお休み。中さんは……何だかわからないけど平気な顔をしている。
「うう、呑みすぎたかもしれない」
「ちゃん、ぶー」
金ちゃんと明日香ちゃんは二日酔いでまだ寝てる。政さんは昨夜のレイのお世話で疲れて起きられないから連れてきた。志麻さんは久しぶりに呑んだからか「もう少し休ませておくれやす」と布団の中だ。
「まだお酒の匂いがするなぁ、昨日はみんな底なしで呑んでたもんなぁ」
私だけいつもより少し早い時間に時間に起こされてシャワーを浴びて朝ごはんを食べて「酒気帯びで捕まえられても文句を言えん位に酒臭いから」と中さんに
「どうして中さんは平気なのよぅ」
ぶーたれる私に彼はニヤリとして「こうなると睨んで俺は呑まんかった」と言った。このあとも中さんは宴会が有ってみんなが呑んでも世話役に徹していた。その理由を知るのは十年以上もあとなんだけど、それはまた別のお話。
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