2021年 2月
販売に繋がらない事もある。
年度末間近なこの時期、高校生たちは残り少ない学生生活を謳歌する者や次の進路へ歩み始める者、そして一部にはひたすらバカ騒ぎを繰り返して痛い目にあう者も居る。そして、痛い目に会わす者も居る。晴れた日の国道一六一号線は桜の大門を背負った大組織の狩場でもある。
フュルルルル……。
フュゥゥゥゥ……。
幸いな事にウチの常連たちは痛い目に会う事は無くおとなしくツーリングしているらしい。ツーリングといっても蒔野町に出来たライダーズカフェでスイーツや軽食を楽しんだり、少し足を延ばして琵琶湖の反対側にある草津・守山のバイクパーツショップを覗きに行ったりしている程度だ。
「おじさん、まいど」
「おっ? 新婚さんいらっしゃ~い。パトロール御苦労さんです」
「えっと、こんにちは」
本日のご来店は新婚の浅井夫人ともう一人。『高嶋署の白き鷹』は今や新妻となってますます凛々しさに磨きがかかっている。もう一人は初めて見る顔だ。ガッチリした体格で日焼けしたスポーツマンタイプ。葛城……いや、浅井夫人とは違ったワイルドなイケメンだ。※晶はイケメンではない
「今日は二人でパトロール?」
「まぁね、今度入ってきたんだ」
「よろしくお願いします。
霧島と名乗る白バイ隊員はぺこりと頭を下げた。何となく違和感を覚えるのは気のせいだろうか。それはさておき、母屋の方からドタバタとやって来る者がいる。愛娘のレイとお守りをしてくれている志麻さんだ。
「レイちゃん! そんなに走ったらあきまへんえ!」
「や~! うきゃ~っ!」
毎度のことながら浅井夫人が来るとレイは大興奮。抱っこしてもらおうと嵐を呼ぶ幼児と化してやってくる。男装の麗人晶様に抱っこしてもらえるのは幼い子供のみの特権。仮にファンクラブの誰かが抱っこされようものなら他の会員に袋叩きにされるだろう。
「わぁっ! 何かまた可愛くなってる!」
「にーに、にーに!」
あ、レイに『にーに!』と呼ばれた浅井夫人はちょっと悲しそう。でも仕方がない。だって浅井夫人は高嶋市内の女性という女性なら老いも若きも全員を魅了するイケメン女子なのだから。
「私、女の子」
「にーに♡」
浅井夫人に抱っこされた途端にレイはおとなしくなり、今度は霧島隊員を見つめた。しばらく見つめて出た言葉は……。
「……ねーね?」
レイは母であるリツコさんを『ちゃん』と呼び、父親の俺を『まんま』と呼ぶ。アベコベに覚えているのかと思ったが、良く考えれば志麻さんも『まんま』と呼んでいる。不思議に思っていると霧島さんがしゃがんでレイに話しかけた。
「お嬢ちゃん、私が女の子ってわかるんだ! すご~い! 賢いね~!」
「ねーね!」
驚いたことに霧島さんは女性だったのだ。
◆ ◆ ◆
事の始まりは浅井夫人が結婚式へ向けて休暇を取った翌日から始まる。署の連絡ミスから霧島は晶に会うことなく業務を引き継ぐ羽目になった。普通なら問題になるところだが、しょせんボンクラ揃いの高嶋署。『行けばわかるさ何事も』と、某元プロレスラーの名言の如く高嶋署へ送り込まれてしまった。
「あ~、今日から来た葛城の代わりね」
「霧島です、よろしくお願いします」
滋賀県警察高嶋署と言えばエリート揃いの滋賀県警の中で出世街道から外れてしまったボンクラどもが集う落ちこぼれ集団。通称『島流し』の署である。所属する白バイ隊員は晶と定年間近の二名だけ。交通課には白バイ以外にもミニパトやパトカーもあるにはある。問題は独立愚連隊ともいえる高嶋署にまともな車両が配備されないことだ。
「霧島君には当面の間、葛城の代役をしてもらいつつ高嶋署管内に慣れてもらう」
もう一人の白バイ隊員は有給消化で休んだまま定年退職。その後正式に高嶋署に配属と聞かされた霧島の胸中は複雑だった。
「ハァ……島流し、いや、高嶋流し」
婦警の間で噂になっているイケメンと一緒に仕事が出来ると心躍らせて来てみればイケメンは結婚の準備で休んでいるわ、署は隙間風が吹き込むボロ屋だわ。士気が下がる事この上ない。
「白バイ以外が全部死んでる……」
配備されているミニパトはオイル漏れと過走行で時速五十キロ以上出せないポンコツ揃い。パトカーに至っては余所の署から来たお下がりのポンコツ。不思議な事に白バイだけは調子が良いのだが、その理由は定かではない。
「トラック一台に何台潰されてるのよ……」
そのポンコツのパトカーだが、大半は修理待ちもしくは廃車前提の休車になっていた。先日、福井県警から連絡を受けて映画の如く京都の市場まで魚を積んで爆走する過積載のデコトラを追走したは良いが、慣れないカーチェイスの末に田んぼへ突っ込んだり路肩に乗り上げて横転したりしたからだ。デコトラを取り逃がしたのは言うまでもない。
「しかも噂のイケメンがいない。何のために異動を願い出たのやら……」
絶望する霧島だったが、しばらくして定年で有給消化に入る隊員と入れ替わりで新婚旅行から帰ってきた晶と仕事をすることになり元気を取り戻した。その後晶が女性と知って再び絶望するのだが、他の女性署員から『晶様は眺めて楽しむのが正義』と教えられて今に至る。
「というわけで、私に後輩が出来たわけだ。この子もバイクが欲しいみたいだからよろしくね」
新しいお客だと喜んだ店主はいつも通り「予算は? どんなふうに使う? 条件を聞こうか」と言おうとしたのだが、それより先に霧島は不満気な表情で店内を見回して言った。
「いや、私が欲しいのはもう少し大きなオートバイなんですけどね」と。
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