閑話 リツコの一日③ 帰宅

 ライダーズジャケットを着ようがモコモコになろうが冬にバイクで通勤すると寒い。今都町から安曇河町まで約十キロの道のりは実家から通っていた頃より数キロ短いけれど寒いものは寒い。


「……寒ひ」


 冷え切った体は内側と外側の両方から温めるに限る。暖房が利いた部屋で一杯やるか、それともお鍋で一杯やるか。


「……お風呂で一杯ってのもありだね」


 うん決めた! 今日はお風呂で熱いのをキュッっといこう。でもってお鍋を食べて、お鍋で呑もう。あ、でもなぁ……レイちゃんをお風呂に入れなきゃ。それに、みんなで集まってるのを待たせてお風呂に入るってのも申し訳ないし……まぁそれはさておき、リトルちゃんを片付けてっと。


「ただ~いまっ!」

「おかえりなさ~い」

「ちゃんっ!」


 あ、明日香ちゃんと一緒に可愛い愛娘がトテトテと歩いてきた。でもちょっと待て、今『ちゃん』って言ったよね? ええっと、私って拝一刀だっけ? 


「レイちゃん、リツコさんは『ママ』よ?」

「ちゃん!」


 何故かわが娘は私の事を『ちゃん』と認定したらしい。じゃあ中さんや志麻さんは何なのかって気がするけど、明日香ちゃんが言うにはどちらも『マンマ』みたい。やれやれ、しっかり愛情をこめて教えなきゃ。


「レイちゃ~ん、私はママよ~」

「ちゃん? やぁぁ……」


 チューをしようと抱っこをしたら何だか嫌がる。お風呂に入れてもらったのかな? このまま抱っこして居たいくらいにホコホコと温かい。


「宴会の前にお風呂を済ませてくださいって金一郎さんが言ってましたよ、リツコさんもお風呂で暖まってください。体が冷え切ってるんですよ」

「そっか、冷たいままで抱っこされるのは嫌だもんね。わかるわかる」


 お台所では中さんと金ちゃんがお鍋と御刺身を準備して、政さんが寝室や客間にお布団を敷いて宴会と宴会後の準備中。今日は男たちが料理担当で、私たち女性陣はレイちゃんの面倒を見ながらのんびり待っていればOKみたい。


「金一郎、ちょっと大きく切りすぎやないか? 相撲部屋のちゃんこやないんやぞ?」

「兄貴、豪快なくらいが美味いんですわ。兄貴の刺身つくりこそ薄すぎでっせ」


 お料理が出来る旦那様っていいなって思う。逆にお料理が下手な私はどんな妻に見えるのだろ……いや、ダメダメなのは分かってるけどさぁ。


「ただいま、金ちゃんいらっしゃい」


 二人に声をかけると金ちゃんが「姐さん、今日は河豚でっせ」と答え、中さんは「先にお風呂に入っておいて」と答えた。そうそう、やっぱり一日の汚れを落としてから宴会だよね。今夜は寒いからモコモコのパジャマを着ようっと。


「じゃあお風呂に入ってきま~す」

「あらリツコちゃん、お風呂おさきい」


 ちょうど良い所で志麻さんがお風呂から上がってきた。


「明日香ちゃん、一緒にお風呂を済ませちゃお♪」

「そうですね、パパッと済ませちゃいますか」


 時間も無い事だし、入れ替わりで私と明日香ちゃんがお風呂に入る。さ~て、これがブルーレイ版なら湯気が消えるファンサービスのシーン。十八禁バージョンだと『合体!なかよし』も映像化されてるのかも、知らんけど(笑)


「な……何気に明日香ちゃんってナイスバデーなのね……」


 私だって負けないと言いたいところなんだけど、世代が違うからかな? 明日香ちゃんの方が手足がスラッと長くて、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでるんだよね。お肌もピチピチだしさぁ。明日香ちゃんは「リツコこそ良いプロポーションですよ」なんて言ってくれるけど、私のお腹には妊娠線の跡が残ってる。やっぱり若い子には勝てないと思いながら湯船に浸かっていると、先に体を洗い始めた明日香ちゃんがボソッと聞いてきた。


「金一郎さんに聞きましたけど、リツコさんが猛アタックしたって本当ですか?」


 猛アタックしたっていうより、居心地が良くて居ついちゃっただけなんだけどね。ご飯と通勤距離の短さにつられて泊まりはじめて、インフルエンザで看病してもらって……何をどうしてこうなったのか自分でもよく解らないけれど、現在に至る。座薬を入れてもらったことは言わなかった。そうそう、金ちゃんに外堀を埋めてもらったっけ。


「猛アタックって言うより、餌を貰って居ついた猫っていうか何ていうか……一度喧嘩をしたんだけどね、いざ離れるとお互い寂しくなって、くっついちゃった」


 私が中さんと結婚してレイを生むまでの話をすると、明日香ちゃんは少し寂しそうな顔で「私はどうアタックすれば良いのかわかりません」と呟いた。そんな彼女に私は続けて言う。


「いろいろな事情はあるけれど男と女は解らないよ」


 多分だけど明日香ちゃんは金ちゃんのことが好きなんだと思う。でも金ちゃんは「借金の返済に雇ったんやから、きっちり働いてもらう」とか何とか言って断っちゃうんじゃないかなぁ。だってさ、金ちゃんって優しいのに妙にドライな時が有るんだもん。お金とか雇用関係になると妙に厳しい彼が明日香ちゃんに言い寄られたところで恋愛関係になるとは思えない。今はね。


「だって理屈じゃないもの。人の幸せはそれぞれ、結婚するだけが幸せじゃないと思うよ」


 彼女の幸せはさておき、目下の目標は早くお風呂を済ませること。何と言っても今日は高級食材の河豚鍋なのだっ! 私の幸せはお鍋の中にある。ごはんを食べれば元気になる。元気があれば八割方何でもできる。


「さぁ、お風呂のあとには美味しいご飯とお酒が待ってるよっ!」


 美味しいお酒とご飯、そして優しい夫と可愛い娘が居る私は幸せ者。出来れば明日香ちゃんにも幸せが訪れますように。

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