2021年 1月
移転計画③物件探し
年が明けても解決しない問題が有る。六城石油新店舗(と言うのは名目上で実際は移転先)の問題を抱えた金一郎は浸す悩む日々であった。明日香に居抜き物件で初期投資を抑える方が良いと言われて心当たりを探したものの、物件の所有者から良い返事が帰って来ない。
「そもそもな、今都町の人間に土地や建物を売るってのはリスクが大きい」
「私はこの街の出身じゃないですけど、何となくわかります」
兄貴分に頼まれて引き受けたは良いものの、嫌われ者の今都町にある会社へ土地や建物を売りたい者はいない。
「息をするように嘘をつく。金にがめつい妙にプライドが高い」
「自分が世界の中心と思ってる人ばかりですものねぇ、何かにつけて『謝罪しろ』ですもの。安曇河町に人口を抜かれて謝罪を要求する。あいつら脳みそにマダニが突き刺さってますよ。社長が言う通り『アホが服を着て歩いてる』ですよねぇ」
五十鈴明日香は清楚な見た目の割に言う事は言う。金一郎も驚くほどだ。
「まぁ明日香さん、全部が全部そうでもない……と思う。ねぇ兄貴」
「で? 何とかなるか?」
只でさえ他の町を馬鹿にして嫌われていたゴミ屑以下の存在だった今都町だったのに、地域ぐるみの大麻栽培や新型肺炎ウイルス騒動で流れたテレビ放送で評判は地に落ちるどころか地球の裏側まで突き抜けている。物件を仲介しようとした交渉を始めようとしても「今都者に売るくらいなら朽ちさせる方がマシや」と所有者から断られてしまう。事態は全く進展せずに年が明けてしまった。
「……と言う事で、辺鄙な所なら何とかなるんと違うかなぁと」
「すまんなぁ、まぁ二人とも汁粉でも食べて元気出し」
大島サイクルを訪れた金一郎は一旦仕事モードを解除してリラックスモードになって明日香から「あら、社長は甘いものも大丈夫ですか?」と言われ、「いや、本当はお酒より甘い物の方が好き。それとここでは家と同じでエエよ」と答えた。
「と言うわけで、小さな石油店なんですけど貯蔵タンクは比較的最近に更新しています。場所は市役所本庁舎が有る真旭町ですが、ここはイマイチですねぇ、バイパスから遠いですし住宅地や工場群からも離れていますねぇ……あ、お餅が美味しい」
一見どうして経営できていたのかわからない物件だが、家族経営で人件費が抑えられていたのと周囲に田畑が広がっていたのが幸いして農機に給油することが多くて経営が成り立っていたらしい。
「周りが休耕田になって売り上げが低迷。経営者の長男が他県で就職してそのまま結婚して跡を継ぐ者が居ない。ジリ貧と言えばジリ貧……うむ、美味い」
店を買った時点でジリ貧では六城石油が高嶋市南部に進出してもすぐに潰れてしまう。その物件は駄目だろうと中が言おうとしたその時、餅を呑みこんだ金一郎はさえぎるように説明を続けた。
「ただし、十年・二十年の長いスパンで考えるなら悪うない。物件はともかく周りを含めた土地は二束三文、もう少し琵琶湖側の土地は大手が目を付けてて近いうちに宅地になるみたいな噂を聞いてます。地盤もしっかりしてるし災害にも強い。博打になりますけど『有り』かなと」
「まだ噂の段階ですが県が土地を購入するとも噂が有ります。不確定要素が多いんですが官公庁が真旭に来れば安定した経営が出来るのではないかと」
二人の説明を聞いた中は「くれぐれも六城君を借金地獄に堕とさん様に」とだけ答えた。
◆ ◆ ◆
つかまり立ちをしていたと思ったら、レイはあっという間に歩けるようになった。まだ歩けると言ってもヨチヨチ歩きだし、転びまくってあちこちに頭をぶつけているのでこちらがハラハラするくらいだ。面倒を見てくれている志麻さんも心配になるみたいなので、レイが頭をぶつけそうな所にウレタンフォームで出来たクッションを張り付けた。
「ばぁばが作ったお帽子をかぶりましょうね」
「おお、良く似合うな」
何と言えば良いのだろう、志麻さんはファンシーな物が好きみたいだ。猫耳の頭巾と言うか帽子と言えば良いのかよく解らんけど、かぶる物を縫ってくれた。猫耳なのが少し気になる。只でさえ大酒呑みなドラ猫が居るのに、この子までどら猫になったら俺はどうしたら良いのだろう。
「将来リツコさんとタッグを組まんやろうか?」
「女所帯で男一人は厳しおますえ」
俺の行き先はどうなるのだろう。蛇が出るか鬼が出るか、猫が出るかもしれない。心配はさておき、志麻さんがお家に帰る時間になりレイの面倒はバトンタッチ。とにかく動きまくるレイはツーストバイクみたいに活発だ。目を離すと歩き廻って転んで泣き、背中におえば俺の頭の毛をむしりまくる。とんでもないお転婆娘だ、きっとリツコさんに似たに違いない。
「レイちゃん、パパの毛をむしったら嫌。少ないんやからむしらんといて」
「やっ!」
お願いだからむしらないで。でも返事するって事は自分に話しかけられているのがわかっているのだろう。やはりリツコさんに似たのだろう、わが娘ながら賢くてよろしい。
「レイちゃん、早く大きくなっていっしょにお酒を……いや、やめとこ」
よく解らんけど嫌な予感がする。いや、いやな予感しかしない。リツコさんそっくりに育ったレイと、年をとってもそれほど姿の変わらないリツコさん二人が酔ってベロベロになっている様子が脳裏に浮かぶ。
「レイちゃん、六城君はどうしたら新しい店を出せるかなぁ」
「やいっ!」
元気に返事をしたレイは再び俺の髪の毛を握りしめ、元気いっぱいに引っ張り続けた。
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