ファーストキスの余韻どころじゃない。

 雪が降る夜にロマンチックなファーストキス。


「めでたしめでたし……になる訳ないなぁ」

「絶対何か陰謀が隠れてるんだ、誰か作者の心に有る闇を感じるね」


 楓ちゃんが言う通り、キスした直後に雪は本降りになってズンズン積もって『二階の窓からヒャホ~イ!』とまではいかないけれど大雪になった。おかげでキスの余韻に浸る間もなく母屋から「レイちゃん! 楓ちゃん! 融雪ホースを出してきて~!」と大騒ぎをする声が聞こえて昨夜は解散。楓ちゃんの部屋の下にあるガレージから融雪ホースを引っ張り出して蛇口につないで、地下水をくみ上げるポンプを動かしたりしてバタバタの夜だった。


「明日は雪かきやからね、頑張ろうな」

「うん、大津じゃ雪は降らないから楽しみ。それにしても……」


 のんびり屋の楓ちゃんでさえ「まだ僕たちがキスの余韻に浸ってる途中でしょうがっ」ってブー垂れてた。私もこのまま一気に進展するのかな~と覚悟をしていたけれど、一気に行かないのが私たちらしい。でもって翌朝。


「レイちゃん、雪ってこんなに重かったっけ?」

「あのなぁ、高嶋市の雪は重いんやで。今都市の雪とは違うんや」


 ひたすら寒い今都市と違って、新高嶋市の雪質は湿っていて重い。面倒だからと雪かきをせず翌日も寒ければ湿った雪が凍りついてプラスチックやアルミのスコップは歯が立たなくなる。降ってすぐが勝負なのだ。ずっしり重い雪はスコップでブロック状に切り出して家の前にある小川へポイと捨てる。


「早く除けんと明日が辛いで」

「実家に帰ればよかった」


 楓ちゃんが年末年始に実家に帰らないのは理由がある。妹の紅葉ちゃんが某アイドルグループの年越しライブに出かけたからだ。家に残っているのは未だにラブラブな薫おじ様と晶おば様の二人だけ。


「帰ってたら昨日のアレは無かったんやで」

「じゃあ仕方がないか」


 せっかくだから夫婦水入らずで過ごしたいと両親に言われた楓ちゃんは年末年始を我が家で過ごし、半泣きになりながら雪かきをしているわけだ。


「雪を流せる川が有って良かったね」

「口やなくて手を動かすっ! まったく、お母さんも手伝ってくれたらエエのにっ!」


 私たちが雪かきを頑張っているのに我が家の駄目猫ときたらムニュムニュ言ってなかなか起きず、起きたら起きたで「楓ちゃんが居るからイイでしょ? 私はおばちゃんだから冷えるとダメなの」と言ってコタツに入って出ようとしない。いつもなら「おばちゃん呼ばわりしないで!」って怒るくせに、こんな時だけおばちゃんになりやがる。


「店から業務用の餡子を分けてもらったんだ、終わったらお汁粉を作るね」

「じゃあ、今度のキスはお汁粉の味か。甘いな私たちは」


 私のファーストキスはチョコ味だった。もうちょっと余韻に浸っていたかったのに。雪のおかげでとんでもない年末になった。


「ん? 何か言った?」

「うるさい、さっさと終わらせてお汁粉やでっ! 栗も入れてやっ!」


 今年に高嶋町は大寒波に見舞われて大雪。だけど私たちの仲は甘くて熱い。


「あ、栗はリツコさんが食べたから無いよ」

「ふざけやがってババァめ、あとで折檻や」


 ここは滋賀県新高嶋市、何年経っても変わらないと言われる高嶋町。何も変わらない街だけど、私たちの関係は少しずつ進み始めた。

 

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