ライダーズカフェ

 愛車を眺めながら飲むコーヒーは美味い。それがプロの淹れたコーヒーで後片付けをしなくても良いならなお更美味い。ツーリングやドライブの途中にそんな店が有れば休憩にもってこいだ。車ならまだしもオートバイはイタズラや盗難の心配が有る。美味いコーヒーを飲みながら愛車を眺められる店は防犯の意味でも安心である。


「おっちゃん、蒔野に出来たライダーズカフェって行ったことある?」

「行くわけないやろ、この時期に蒔野なんか行ってみぃ。塩カルで錆び錆びになるぞ」


 昨年は新型肺炎騒動で思うように外出できなかった。高校生たちは新しく出来たライダーズカフェが気になって仕方がないらしい。問題はライダーズカフェの場所だ。安曇河町から北上すること約二十キロ。蒔野町といえば高嶋市の中で一二を競う雪深い町。冬季は道に大量の融雪剤が蒔かれてバイクは錆び、左右からのジェット噴射の融雪装置でライダーはびしょ濡れになる。


「そんでお客さんが少ないんかぁ、お店の人頑張ってはるのに」


 店の努力はともかく、オートバイ関連の商売は天候に左右されがちだ。晴天が続けば商売繁盛だが、雨が続けば商売あがったりだ。


「冬は厳しいやろ、お前らかて雪降りやと電車で通うやろ? バイク好きでも高嶋市の冬は厳しいと思うぞ。左からは高圧洗浄機並みの勢いで融雪の水が来るし、対向車には塩カル混じりの冷水をぶっかけられる。塩水で体はベタベタ、車体は錆び錆び。ウチのリツコさんも電車で行くか車で送り迎えしてるからな」


 今朝は冷え込んだので道路に大量の凍結防止剤が蒔かれていた。凍結防止剤の主成分は塩だ。それが大量に蒔かれて強烈な塩分を含んだ水たまりが形成される。海岸を走るより余程車体に宜しくない。


「ふ~ん、リツコ先生も電車やったんかぁ」


 残念ながらリツコさんは「駅までが寒い! 駅からも寒い!」と駄々をこねたので車で送って行った。レイがお腹にいたとき、楽を覚えてしまったらしい。


「そうしとこか、まぁわざわざ今の時期に安曇河から蒔野まで行く事は無いやろ? 春になったら行き」

「ん~っと、値段が安い割に美味しいものがあるみたいやけど、今は寒いしなぁ」


 安くて美味いとはいえ、安曇河から蒔野までは二十キロ近く距離が有る。往復の時間を考えると決して安いとは言えないと思う。だが、ツーリング途中なら立ち寄る価値はあるだろう。基本的に蒔野の峠と安曇河にある道の駅はライダーの事を考えていない。安曇河の方なんて何年経ってもバイク駐輪場は仮設状態だ。店舗に立ち入れば自分のバイクが見えず不用心だし、トイレからも遠い。


「福井に抜けるんやったら良い休憩所やな、洗車場もあるみたいやし設備が整ってていいな。福井から京都に抜けるにしても悪くない場所にある。でも大きいバイクでツーリングがてら寄るんやったらともかく、わざわざ安曇河から小さいバイクでエッチラオッチラ行くんはしんどいぞ?」


 安曇河と蒔野、どちらの道の駅も愛車を監視しながら食事をすることはできない。国道一六一号バイパスからほんの少し離れた場所だが小回りが利くバイクで寄るなら不便はない。安曇河からなら国道一六一号バイパス沢ランプを降りて右折すれば数分で着く。福井方面からだと工業団地へ抜ける道からいける。メタセコイア並木を観がてら行くのも良いだろう。


「そうやな、とりあえずコーヒーはおっちゃんに店で飲むわ」


 商売の種はどこに転がっているかわからない。冬は訪れるライダーが少なくて厳しいかもしれないが、春になれば蒔野町に在るライダーズカフェは多数のライダーとオートバイで賑わう事だろう。


◆        ◆        ◆


 春になれば融雪剤は無くなりツーリングしやすくなる。ライダーにとって休憩場所の選択肢が増えるのはありがたい話だ。今まではウッカリ道の駅安曇河を通りすぎるとバイパス沿いには何もなく、バイパスを降りて今都町のコンビニに寄るしかなかった。


「にゃふ、冬は暖かな車で送り迎えしてもらうに限るわ、ね~レイちゃん」

「アイッ!」


 北風が吹く冬でもタイトミニスカートで美脚を魅せながらゼファーで通勤していたリツコさんだが、本当は寒がりなのだ。雪が降り始めてからは電車通勤を嫌がる。バイクシーズンがオフなこの時期なら店を早じまいしての送り迎えしても大丈夫。最初はベビーシートを嫌がって泣いていたレイだが、何回か座っているうちに慣れたみたいだ。


「志麻さんが毛糸の帽子を編んでくれた。モコモコで可愛いやろ」

「いいお帽子ね~、レイちゃん良かったね~ママも温かいの欲し~い」

「毛布を積んであるやろ?」


 シートに座った途端に毛布にくるまるリツコさん。寒さに弱くなったのは年齢や出産による体質変化の影響があると思うのだが、本人は「認めぬ、私は永遠の二十歳」と主張している。


「さすがのリツコさんも冬将軍には勝てんな」

「うん、寒いの嫌~い」


 すっかり寒がりになったリツコさんは当分ゼファーでツーリングなんてしないだろう。


「蒔野にライダーズカフェが出来たんやって」

「蒔野の生徒が何人か行ったみたいよ、『もう休みに今都へ行かなくてもよくなった』って言ってた」


 蒔野にライダーの休憩場所が出来れば今都町は完全な通過点でしかない。新しく出来たライダーズカフェの成功を祈りつつ、俺は車を走らせた。


 湿った雪に融雪剤、そして高圧の融雪装置。高嶋市の冬はライダーに厳しい。

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