110万PV突破記念・少し未来のお話

少し未来のお話・年末の大島家

 私が生まれる前、母が父の家へ迷い込んで住み着く(猫みたいだね)前の大島家は年末は特に何もせず、一人暮らしだった父は寝正月を決め込んでいたらしい。お餅をついたりし始めたのは母が下宿してからやって。今年も我が家では餅つき機がウニョウニョと音を立てて餅をついている。用意したもち米の量は一般のご家庭には少し多い五升。餅好きな母が食べるだけではなくて、金一郎おじ様のお家の分もついているからだ。我が家の餅は大目につくから店の物より良く伸びる。縁起が良いのだ。


「リツコさん、お餅が出来ましたよ」

「にゃふっ♪ お餅っお餅っ♪」


 おせち料理(と言っても数品だけど)を作り始めたのは母が住み着いてから。よそのお家と違って母は料理関係は基本的にノータッチ。餅つきになれば大根おろし餅を食べてコタツにこもり、お節料理を作れば隙をついて栗きんとんの栗をつまみ食い。まるで子供だ。


「にゃあ~ん、いただきまぁ~す」

「……ったく、お父さんの気持ちが解るわ」


 父が亡くなった翌年は静かに迎えたお正月だったけど、更に一年が経つとケロリとしてコタツにこもって餅を食べたり栗きんとんの栗を肴にウイスキーを飲んだり。おかげで正月は栗無しのきんとんが大あまりして困る。そんな場合に父は「余ったきんとんでスイートポテトを作ってやろう」と余ったきんとんにバターを混ぜ込んでスイートポテトを焼いてくれたものだ。父が亡くなってからスイートポテトを作るのは私の役目になった。


「そういえばさ、おじさんは『困ったニャンコや』って言いながらスイートポテトを作ってたっけ?」


 この春から我が家に居候している楓ちゃんも幼い頃は我が家に来てスイートポテトを何度か食べた。母はスイートポテトを食べる私たちが羨ましかったのだろう、「私にも頂戴♡」とスイートポテトをねだり、父に「子供らが先やで」とたしなめられていた。


「楓ちゃんが大津に引っ越してからもこれや。見た目は美人でも家ではダメダメ。駄目ニャンコもええ所やで、反面教師のおかげで私は立派に育ちましたとさ。ル~ルル~♪」


 後ろから「誰が駄目ニャンコよっ!」とでも言っているのか母がモガモガと喚いている。


「モガモガと煩いなぁ」

「口の中が餅で一杯やったりして……ってリツコさんっ!」


 振り向いた私たちの視線の先には餅を喉に詰まらせてもがく母の姿!


「お母さん! お茶のんで! 楓ちゃんお茶っ!」

「取り合えず水っ!」


 去年と違うのは母と二人だった我が家へ幼馴染の楓ちゃんが来たことだ。


「ハァ……ハァ……中さんが迎えに来たかと思った」

「駄目ですよリツコさん、お餅は凶器です。よく噛んで食べないと」


 五十代からコレでは先が思いやられる。お婆ちゃんになった母は餅を喉に詰まらせてぽっくり逝く、そんな気がしてならない。


「大根おろしで滑りが良くなってると思ったのに」

「さ、正月の準備準備っと」

「リツコさん、お餅は少しずつよく噛んで食べてくださいね」


 サラリと流さなければ正月を迎えられない。昨日は大掃除、今日は今朝から餅つきをして今に至る。明日はお節造りを終えて明後日は午後からのんびりテレビを見ながら年越しそばを食べるつもりでいる。でもって年明け早々に楓ちゃんと初詣デートだ。


「母さんが言ってたんだけどさ、リツコさんって主婦としてはアウトだね」

「お尻を叩きたいくらいにアウト、お母さんアウト~」


 年末年始は大忙しなのに母が全く役に立たない。猫の手を借りたいほどなのに我が家の化け猫はコタツから出ずテレビばかり見て全く役に立たない。


「あ~っ! レイちゃん、美紀ちゃんが出てる~」

「ああもうっ! 私も美紀様見たいっ!」


 こんな忙しいときにミュージカルや舞台で『男装の麗人』として有名になった葛城美紀がテレビに出てるなんてっ! 男役を演じれば本物の男より素敵な男を演じる葛城美紀様がテレビに出ているなら正座して見るのにっ!


「美紀様を観たくない女子なんて居ないっ! 見たいっ!」

「餅つきは僕がやっておく、米が蒸せるまで二十分くらいかな? それから『つく』のボタンを押して十五分から二十分だね。見てきたら?」


 ナイスアシスト楓ちゃん。さすが私の家…けらい…いや、彼氏だ。出来ればおば様と……いや、美紀様くらい男の色気が有れば言うことが無いのにっ!


「彼氏が居ても美紀様は別腹ぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」


 ここは滋賀県新高嶋市。高嶋町にある我が家は毎年恒例のドタバタした年末を迎えている。

  

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