美紀様の愛車遍歴

 彼氏が出来ても美紀様や晶おば様は別腹。男装の麗人が嫌いな女子など居るだろうか? 答えはもちろん『NO!』だ。※レイの個人的見解です


 テレビに映る美紀様はキリリとしたイケメン女子……でイイのかな? 私生活が謎なんだけど、今日の番組で語られるとか。すごく楽しみ。


「それではゲストの登場です。どうぞっ!」

「こんにちは、葛城美紀です」


 葛城美紀といえば若い頃は舞台で女性なのに男性役を演じていた『男装の麗人』として有名な女優さん。最近は強い女の役が多い。ドラマで天才外科医を演じた時の決め台詞「私、成功しかしないので」がお茶の間に流れるたびに男性はドキッとして女性はキュンとするので有名だ。


「美紀ちゃんはね、カブに乗ってるのよ」

「美紀様が? って言うかお母さん、美紀『ちゃん』って何?』


 美紀様をちゃん付けで呼ぶなんてなんて恐れ多い事だ。昔カリスマだったロックスターをちゃん付けで呼ぶようなものだと思う。


「あら? 美紀ちゃんはお父さんのお店の客さんよ? 知らなかった?」

「え~? ホンマ?」


 確かに美紀様は滋賀県出身って噂は聞いたけど、まさかこっち(琵琶湖の西)側だと思っていなかった。


「有名人って湖西に居んと思ってた」

「そうね、湖西地方出身とは明言してないわね。だって今都が……ねぇ」


 歳は本田のおじ様たちと同じでお父さんのお店に来ていたなら、もしかして同級生? 


「じゃあ本田のおっちゃんおばちゃんと同期とか?」

「そうよ、演劇部のエースで女子にモテモテだったのよ。バレンタインに山ほど貰ったチョコを理恵ちゃんに分けてたわね」


 そう言えば高校の頃モテモテイケメン女子の噂を聞いたことが有る。段ボール数箱のチョコが演劇部の部室に届いたとか、新型肺炎騒動の時期に演劇部のさよなら公演が中止になって学校中の女子が涙を流したとか。でもその時の主演予定は『轟』って生徒じゃなかったっけ?


「じゃあ『轟』って生徒が美紀様?」


 私が訊ねると母は「うん、本名は『轟美紀』で『葛城』は芸名よ」と答えた。葛城と言えば晶おば様の旧姓と同じだ。何か繋がりが有るのだろうか?


「そういえば、あのカブはどうなっちゃったのかな? 中さんが診てたカスタム七〇は……」

「おっと、いよいよ愛車紹介や。美紀様の愛車遍歴は……ホンマや」


 司会者が出したフリップには『一六歳・小型自動二輪免許取得』と有った。


「葛城美紀さんの最初の愛車は……スーパーカブ? カブですか?」


 司会者が驚くのも無理はない。ドラマや映画で美紀様はスタント無しでモトクロッサーやアメリカンのオートバイを操るので有名な女優さんだからだ。凛々しい女子……いや、颯爽とバイクを駆る男装の麗人を嫌いな女子は居るだろうか? いや、そんなものは存在しない。むしろ女性だけど『彼』と呼んでも許される。※断言していますがレイの個人的見解です


「ええ、私が通っていた滋賀県立高嶋高校はバイク通学が出来る学校だったんです。その頃は今都って街に学校が有ったから安曇河町からカブで通ってました」

「その頃のお写真が有ります、それがこちら」


 アシスタンドが出したのが若き日の美紀様と四角いライトのカブの写真。


「ね? お母さんが言ったとおりでしょ」

「うん、お父さんの仕事場で同じのを見た」


 美紀様の反対に立っているのは顔にボカシがかかっているけど……。


「これってお父さんやな?」

「間違いないわ、お父さんよ」


 制服姿の美紀様の傍らには四角いライトのスーパーカブ。反対側に立つのは顔は見えないけど若き日の父の姿。あ、お母さんがウルウルした眼で見てる。


「免許を取ってお小遣いが無くなっちゃって、祖母が乗っていたスーパーカブをバイク屋さんで直してもらって通学に使っていたんです」

「意外ですねぇ、スーパーカブって丸いライトのイメージですけど」


 アシスタントが「カスタムと言ってセルモーター付きのモデルは四角いライトでした」と付け加えると美紀様は「初めから二種登録だったんでスピードが出せたんですよ」と答えた。


 放送時間は一時間しかないからカブの話はすぐに終わった。美紀様の愛車は基本的に移動の道具。それほど車には興味がないけど何故か洗車とワックスがけは自分でするみたい。ちょっと意外な一面だ。


「ミニバンが多いんですね、やはり移動の道具ですか?」

「衣装だけじゃなくて別の物も運びますからね」


 ドラマではスポーツカーやオートバイを颯爽と乗る美紀様だけど、私生活で車は移動や運搬に便利なミニバンがメイン。芸能人ってもっと華やかな愛車遍歴だとおもってたけど違うみたい。


「それでは現在の愛車です、どうぞっ」


 番組は終盤になり、現在の愛車が登場した。軽快なBGMとともに現れたのは小さなオートバイ。

 

「え? 葛城さん、またスーパーカブを買っちゃったんですか?」


 MCが驚くのも無理は無い。スーパーカブカスタム七〇と言えば平成が終わる前に製造終了された古いオートバイだからだ。そんなMCに苦笑いして美紀様が答えた。


「いいえ、ずっと乗ってるんですよ。この子を連れて行くのにミニバンなんです」


 美紀様が持ってきたカブはレストアしたばかりでまるで新車みたいな輝きだった。父が亡くなってから三年が経つ。もしも父の店で修理していたなら最低でも三年以上前なはず。ほかの店でレストアしたのだろう。古いスーパーカブは時代が進み数が減るほどコレクターズアイテムと化して価値が出た。価値が出ればバイクショップで直す個体が増える。そしてこだわる客が増えるからいい加減な修理をされることも減る。スーパーカブが愛される理由はいくつもあるけれど、バイク会のスターに君臨する理由を挙げれば三つだろう。販売台数が多くて中古・市場在庫・社外・純正等、補修部品に困らないというのがまず第一、多くのプライベーターやショップが過去にメンテナンスを行ってきた経験が豊富にあるのが第二。でもって個体の値段が上がって来たのに伴って、腕の悪い業者に修理されなくなったのが第三。


「お父さんの仕事じゃないよね?」

「そうね、でもキレイに乗ってるならイイじゃない」


 良いショップに出会ったのか、美紀様のスーパーカブカスタム七〇は佇まいが良い。父は「事故車や腕の悪い業者の直したバイクは佇まいが悪い」と言っていたけどその通りだと思う。


「レイちゃ~ん、戻って来れる~?」


 番組終盤になって餅がつけたのか楓ちゃんの声が聞こえた。早く丸めないと固まるんだけど、美紀様は見たいし餅は丸めんとアカンし、正座して見てたから足が痺れてるし、ああっもうっ! 立とうとしてよろめいたら母がちゃちゃを入れてきた。


「録画してあるから後で見たら?」

「録画してあるんかいっ! それを先に言ってよ、私が美紀様に萌えてるのをお母さんはどんな気持ちで見てたんや?」


 楓ちゃん、なんかいろいろスマンかった。録画してあったなら餅に全集中したのに。


「いや、男装の麗人に魅かれるのは遺伝かなって思ってた。にゃふっ♡」

「可愛らしないわこの化け猫、楓ちゃ~ん、今いく~」


 さぁ餅の続きだ。もう少し見たいけど、録画してあるならあとで見ようっと。

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