中島の同僚⑧ 趣味人中島
プライベーターの中島が『悪魔のチューナー』と呼ばれるのは性格が悪魔だからではない。もしも悪魔が聞けば「一緒にするな!」と気分を害すると思われるほどの性根が腐った男、それが中島だ。相撲に詳しくなければ自分の事を『吾輩』とも呼ばない。だから悪魔では無い。単なる極悪人だ。
「てれれれってれ~、お台所の油汚れ落とし~」
独身で家族が居らず、自宅に戻ってから寝るまで自由な時間を過ごす中島は、岡部の注文通りに車体を黄色く塗装する準備をしていた。
「必要な部品は発注済み、部品が来るまでは塗装の準備と部品の洗浄っと」
何か作業をする時は並行して別の作業をする中島は『マルチタスクの男』とも呼ばれている。作業の合間に別の作業を入れることにより時間を有効に使うのがこの男のやり方だ。
「さて、とりあえず乾燥やね。乾かす間にエンジンの汚れを落としてからオイルシールを換えよう」
今回は原付一種しか乗れない同僚に頼まれたバイクなので排気量の拡大はしない。洗剤でエンジンを丸洗いした後に予防整備でオイルシールを交換してタペットキャップのOリングを換える程度の軽整備。
「試乗程度でこの汚れか、フィルターも見とこっかね」
タペットキャップを開けたついでにタペットクリアランスの調整、ヘッド内部の汚れを確認した中島はエンジン右側のカバーを外して遠心クラッチ内のオイルフィルターとエンジン下部にある金網を清掃した。
「ふむ、これはボロのスッピンやね」
大島の仕入れたシャリィは見た目がボロで手入れがされていない。ただしシャリィにありがちな珍走団的な改造もされていない『素』な車体だった。それを中島は『ボロのスッピン』と表現した。
「スッピンなんやから、下手な化粧は要らんな」
中島は改造好きではあるが無意味な改造は大嫌いだ。顔には出さないが絞りハンドルの装着や極端なローダウンは好きではないし、幅広いリムに細いタイヤを装着した引張りタイヤも「あんなタイヤで走るのは怖いよ」と自分の愛車には装着したことが無い。格好よりも安全に走れることを重んじるスタイル故に大島と気が合うのだろう。
この日も夜遅くまで中島の作業は続いた。
◆ ◆ ◆
「ふ~ん、『悪魔のチューナー』ねぇ」
「物騒なあだ名やろ? あいつを悪魔呼ばわりしたら悪魔に失礼にあたると思うけどな。レイはどう思う?」
「たい!」
レイの反応は大変よろしい。ビッグキャブにハイスロットルを組んだポート研磨済みのエンジンの様な反応だ。もちろん赤ちゃんなので反応しても発言に中身は無い。
「レイに聞いてもアカンわな」
今日もリツコさんは帰って早々に風呂に入り、晩御飯を食べてからはレイを抱っこしながらコタツでくつろいでいる。レイはリツコさんのオッパイと俺のお腹が大好きだ。柔らかいのが心地よいのだろうか?
「でも、中さんのお客さんなんだから常識のある人でしょ?」
「でもなぁ、金一郎に『やり方がえげつない』って言わせる奴やからな」
少し前に修理途中の三輪バイクを盗まれた中島は、金一郎を利用して示談金と称して犯人から大金を巻き上げた。しかも借金漬けに追い込む鬼畜ぶり。金融の鬼と呼ばれる金一郎が犯人に同情するレベルの極悪ぶりだった。
「でも『悪魔』って呼ばれるくらいだから、すっごいバイクを作りそう」
「ん~、ところがそうでもないんや」
中島のチューニングって言うかカスタムは相当なハイチューンだが、当の本人は買い物や通勤、日帰りのツーリングに使っている。サーキットでタイムを詰めたり最高速に特化したバイクを普段使いできるのか? 純正部品の組み合わせで弄る俺にはわからない。
「当の本人は普通に乗ってるんや、この前乗ってきたジャイロは見た感じは普通やったし、あいつが乗ってるカブも弄ってあるけど、パッと見は普通やからなぁ」
ただ、あいつが言うには『チューニングはトータルバランス』らしい。ウチで作るカブやモンキーは基本的にノーマルの車体に上位車種の部品を流用して速くしている。中島の使うフレームは見えないところに当て板を溶接したりスポット溶接個所を増して補強をしてあるらしい。
「ハイチューンで普通に使えるって凄いよね、ね~レイちゃん」
「たい!」
リツコさんが話しかけるとレイは元気に返事をした。
「アプローチは違うけど、調子よく速く走らせたいって気持ちは一緒やからな」
やっぱりオートバイは調子よく走って何ぼだと思う。そもそもパワーアップにしてもレストアにしても基本的なことが解っていなければちぐはぐなものになる。メチャクチャしているように見える中島のオートバイたちはトータルすると普通に乗れるオートバイだ。
悪魔のチューナーが『おばちゃんバイク』のシャリィをどんな感じでチューニングするか気になる。ウチの店ではシャリィをカスタムした事が無い。内容次第だが、今後の参考にさせてもらおうと思う。
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