中島の同僚⑦ 悪魔のチューナー
中島からメールが来た。タイヤは交換するからそのままで、キャブとタンクは掃除とパッキン交換。チェーンや細々した部品は手持ちの部品に交換するからそのままにしておいてくれとのことだった。要するにエンジンが動けばそれで良しって事だが、オイル交換位はしておくと返信しておいた。
「よ、シャリィを取りに来たで」
返信した翌日、中島は荷台がベコベコになったスバル製サンバーに乗って店に来た。車体にうっすらと『○○織布』と跡が見える。
「(荷台が)ベコベコやないか、どうしたんや?」
「機織り仕様や、仕事場の軽トラが下取り値ゼロやったから貰った」
機織りで使う糸巻きの親方(ビームと言うらしい)を運ぶと荷台がベコベコになるらしい。ビームとやらは一点に荷重がかかる形状なんだと思う。ラダーを出してシャリィを載せると中島はロープを取り出して荷台にガッチリ固定した。
「で、これを仕上げるんか」
「そうやな、おばちゃんが楽に乗れるように可愛らしい感じでな」
中島は『蒼柳区のバートマンロー』と呼ばれるほどのスピード狂で、英国BBCのトップギヤ(旧シリーズ)が好きなジャザ教信者である。パワー第一主義で耐久性を軽視するはずなのに、思いもよらぬ改造方針だ。
「ふ~ん、お前にしては珍しい。明日は雨か?」
「原付しか乗れんおばちゃんやぞ? 買い物バイクで無茶はせんで」
少し安心した。中島の同僚が悪い奴で、シャリィを珍走団仕様にするのではないかと心配していたのだ。
「買い物やったらカゴが要るな」
「そこらへんは塗装しながら考える」
中島は砂を吹きつけて塗装や錆を落とすブラスト装置や塗装ブースを持つ本格的なプライベーターだ。程度が良いシャリィだが浮き錆や塗装の劣化は見られる。ブラストして塗装を剥離して錆を落として下地を整えれば良い塗装が出来るだろう。
「お前は良い設備を揃えたからなぁ」
「神様・仏様・億田様よ」
先日ジャイロXを盗まれて事故で廃車にされた中島は、犯人と交渉して示談にする代わりで被害届を取り下げた。それはもうえげつない交渉で金一郎でさえ『エグイ』と言ったほどだ。多額の現金を手に入れた中島はプロ用の設備を入手してガレージをグレードアップした。もちろん中古で購入したらしいが、使い込んだ中古でもプロ用はメンテナンスさえキチンすれば実用に耐えるらしい。修理で蘇るのがプロが使う仕事道具。壊れたら買い換える前提で修理が効かないアマチュア用との大きな違いだ。
「部品は揃えた。帰ってから空いてる時間と休日を使って二週間で仕上げる」
「そうか、まぁ仕事に障らん程度にしときや」
自動車メーカー系列の整備士だった中島は素人と思えないほど作業が早い。冗談抜きで二週間で完成させてしまうだろう。
「じゃ、完成したら試運転がてら来るわ」
「来んでエエ」
代金を払った中島はサンバーに乗りこんで帰った。あいつの事だ、サンバーとシャリィは小奇麗になり再びウチに現れるだろう。俺の仕事はここまで。あとはあいつに任せよう。
◆ ◆ ◆
翌日の昼、軽トラックで仕事に来た中島は荷台からシャリィを下ろした。オーナーとなる岡部に試乗させるためと、修理&カスタムについて相談するためだ。
「えっとですね、まずヘルメットのひもを調整して」
「ヘルメットくらいわかるぅ」
構内とはいえオートバイに乗るからには必要だろうと用意したヘルメットを岡部に被らせた大島は、エンジンを始動して彼女をシートに座らせて説明を始めた。
「三段ミッションでペダルの前側を踏むとギヤが切り替わります。Nランプがついてない状態でアクセルを捻ると進みますんでって……おい!」
「やっほ~!」
中島の説明を適当に聞き流した岡部は何とも鮮やかな操縦をしてシャリイで構内を走り回った。
「乗れるんや、知らんかった」
スクーターに乗ろうとして転んだと聞いていたのだが、シャリィを操る岡部の様子は明らかにオートバイ慣れしている。
「う~ん、もうちょっと排気音にパンチが欲しいな~」
一通り構内を走り回った岡部は中島に注文を数点出した。
「ある程度の排気音を楽しみたいけど、うるさいマフラーは嫌。シートが破れてるから張り替えて。あと、紺色は可愛くないから色を黄色にして。ブレーキとかタイヤは危なくない様にきちんと修理で。私はオートマ限定やから、クラッチ付きにせんといて。あとはお買い物に使うからカゴとボックスをよろしく」
注文を受けた中島は「OK、じゃあカタログを渡しますからどれがいいか教えてください」と岡部に雑誌の付録のカタログを渡した。
◆ ◆ ◆
プライベーターの中島は商売でバイクを修理する大島と真逆のタイプだと言われている。基本的に自分の乗るオートバイを修理する中島は、壊れても自己責任だからと突き詰めたセッティングをする。時折それが原因でエンジンを全損したりする事もあるが、あくまでも自分のオートバイだから関係ない。
対する大島は商売である以上、客のオートバイでチャレンジ的な事はしない。実績のある部品で定番の組み合わせをして不足ない性能にして引き渡す。
数年どころか十年ほど基本整備さえ怠らなければノンオーバーホールで走り続ける大島チューンに対し、壊れるかもしれないが、官能的なパワーを絞り出す中島は一部のライダーから『悪魔のチューナー』とも呼ばれている。
「さてと、久しぶりに……やるか」
秘密基地にシャリィを停めた中島は、工具箱から二十年近く使い続けているKTCのメガネレンチを取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます