中島の同僚⑨ バランス

 プライベーター中島の信条は『バランスのとれた改造をする』である。さまざまな改造を試した結果、エンジンが強力でもブレーキが貧弱ではパワーを生かせない。ブレーキを強化してもフレームが貧弱では安心して止まれない。アホな男だが一応考えてバイクいじりを楽しんでいる。


「今回はエンジンはノーマル。排気系の抜けは程々にせんとな」


 大島サイクルではノーマルが基本。チューニングは上位車種の純正部品を使う『最適化』がメインだ。逆にプライベーター中島の『チューニング』は社外製の部品を積極的に使って速さとパワーを求める。ただし、やみくもにパワーアップしているわけではない。車体をある程度整備して初期化してからでないと不具合が出るからだ。


「その前に塗装やね」


 大島と中島は水と油、混ぜようとしても混ざらない。似ているようで違う、違うようで似ている。それでもお互いに喧嘩をせず互いを認めているのは、どちらもバイクを調子よく動かすために改造しているからだろう。


 休日をフルに使って夜に出来ない作業を続ける『悪魔のチューナー』こと中島。本当は悪魔どころか機械に忠実な男である。


「岡部さんは蒔野町やから、防錆を考えんとな」


 重層ブラストで塗装と錆を落とし、亜鉛入りのエポキシ系塗料で下地作り。亜鉛入り防錆塗料の中には上塗りできない物がある。もちろん中島が選んだのは上塗りが出来るタイプだ。完全乾燥後はウレタンサフを吹いて研ぎ出し、リクエストされた色を塗ってからクリアー仕上げ。塗料は二液ウレタン塗料を使っている。車体・フロントフォーク・スイングアームは軽自動車のナンバープレートの様な黄色に塗り上げられた。


「さて、硬化待ちの間に部品をチェックやな」


 ボーっとしているとスパナが飛んできた世代の中島の作業は途切れない。常に手を動かして作業を続ける。すでにエンジンは消耗部品が交換されて汚れ一つ無い。製造されてから二十数年が経つ電機系部品は現代の物に交換されて信頼性が向上。前後のハブは塗装後に新しいベアリングに交換されて組み込みを待つだけ、もちろんタイヤも交換済みだ。


「あ~っと、ブレーキのシューも換えておこうかな」


 プロなら売値と利益を考えなければいけないところだが、プライベーターの中島は楽しんだ者勝ちとばかりに工賃は無料、赤字にならない程度の部品交換をしている。中島は棚から少しだけ効きの良いブレーキシューを取り出した。


◆        ◆        ◆


 俺は悪魔のチューナー中島の組むシャリィが気になって仕方がないが、大半の高嶋市民が気になって仕方がないのは数か月後に行われる市長選挙だ。高嶋市の現市長は新型肺炎対策やごみ処理場問題、あとは今都町の無駄な施設の処分などの問題が片付いていないと立候補をした。対抗馬は安曇河在住の現市議会議員だが、裏で何かが動いているらしい。


「でも解らんのやけどな、何で一期しか勤めてない議員が出馬するんや? 議長の城本しろもととか、他にも今都から出てるベテラン議員が居るやん」


 城本議員はくだらない演説をマイク無視の大声でする芸風の持ち主だ。


「城本? あいつは市長なんか出来んぞ、乗り物酔いがひどいからな」

「市長になるとクルマ移動が多いからな、それにあいつはダッシュボードに足を放り出して座りよるから嫌いやねん」


 今日も魑魅魍魎が蠢く高嶋市市議会で長年議長車運転手を務めた安井のおっさんがご来店。城本議員の行儀の悪さは育ちが悪い今都民らしいエピソードだ。このおっさん、今も運転手時代のネットワークを駆使して高嶋市の裏情報を仕入れているらしい。この街の守秘義務はどうなんてるんだ?


「城本のアホは置いといて、嫁が言うてたんやけどな、対抗馬は婿養子で、嫁の実家は今都らしい」


 なるほど、今都出身の嫁経由で動かしやすい婿養子を立候補させたわけか。仮に今都出身の城本議長や有象無象のベテラン議員が出馬したとしよう。当選すれば万々歳だが、落選すれば今都町会派は議席が減り、議会内の勢力が弱る。


「なるほどな、そやから安曇河の新人議員を裏から動かすわけか」

「でもなぁ、一期しか勤めてないペーペーでは勝てんで」


 仮に対抗馬が落選しても今都町はダメージが少ない。落選しても当然、万が一(にも無いと思うが)当選したら裏から操って今都町のみ利益を落とそう、そしてのんべんだらりと議員をして報酬を貰おうみたいな考えだろう。


「まぁエエわ、一般市民にはどうでもエエことやしな」

「わしも議長車を降りたからどうでもエエ」


 このおっさんのネットワークなら中島が『悪魔のチューナー』と呼ばれる理由を知っているのだろうか?


「それよりも、わしはお前が見てるカタログが気になるわ」

「シャリィのマフラーって少ないんやな」


 シャリィに関しては中島にもデータが無いらしく、会社のお姐さんが使うのにセンタースタンドが使えないのは不便だろうとセンタースタンドが使えるマフラーを探してくれとメールが来たのだ。そんなもん自分で調べろと返信したら、仕事を覚えるのとシャリィの手直しでそれどころではないらしい。


「ノーマルのマフラーは少し野暮ったい。五〇㏄のままで抜けすぎず、スポーティな見た目で歯切れの良い排気音。そこへセンタースタンド使用可能で検索したらここが出てきた」

「静かで性能が良い静音タイプのマフラーか、もう爆音の時代やないからな」


 悪魔どころかよく考えてシャリィに使う部品をチョイスしている気がする。バイクに対しては誠実で忠実。そんな男が『性格が悪い悪魔』ではなくて『悪魔のチューナー』と呼ばれるのは何故だ。


「ところで安井さん、ちょっと調べてほしいんやけどな」


 中島の事を調べてほしいと言うと、安井のおっさんは「よかろう、報酬はオイルと(スパーク)プラグ交換で」と返答をした。

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