中島の同僚④ シャリィ
真旭町と言えば高嶋晒が名物な織物の町である。織物工場は繊維を扱うのでホコリが舞う。何かのはずみで火が着けば、積もった埃に引火してあっと言う間に大火事となる。その為か真旭地域消防団は県大会出場の常連となっている。そんな街で働くのが中島の先輩である岡部深雪だ。近所から通う者は昼食を食べに帰るが蒔野から通うとなればお弁当は必須。今日も後輩の中島とテーブルの向かい合わせの席で弁当を食べていた。
「私、昔アニメにはまったわ。殺し屋っぽい銃を撃つアニメで名前が丸っこい感じ」
「ゴ〇ゴ十三とかですか?」
かつて出会った熊を力で服従させて山へ木を切りに行く足として使っていた深雪も五十歳になり、有名人の名前や読んだ本の題名を思い出し辛い時期になってきた。特にこの数年は体温調整が上手くいかず、この夏は暑くて倒れそうになったり汗だくになって脱水症になりかけたりした。俗に言う『更年期』である。
「なんかこう丸っこい感じの名前でカッコイイ主人公で、銃を撃ってた」
「銃を撃つ主人公は山ほどいますよ……」
金髪で美人を連れて銃を撃つ主人公の名前が思い出せない深雪は少しだけムカッとしつつ、殺気を抑えながら中島にバイク探しの進捗情報を聞いた。
「探してるバイクの名前も思い出せへん、年をとるって悲しい」
「岡部先輩は若く見えるから大丈夫ですよ……と言うと丸く収まる」
最後の方を少し小さな声で言いながら中島はバイク雑誌を出した。大島も愛読する小さなバイクメインの雑誌である。今月号は新型肺炎騒ぎの影響で取材に行けなかったからか昔のカスタム車両の写真をズラリと掲載している。
「ホンダの小さいバイクやったらこれに載ってると思いますよ」
おもむろに雑誌を広げた中島は『4mini・その他』のページを岡部に見せた。読者のカスタムした愛車の大半はモンキー・ゴリラ・ダックス・スーパーカブが大半だが、他車をカスタムした猛者もいる。
「この
「じゃあ少し戻りますか、ジョルカブも違うんでしたね」
メージを捲るとチョップドやスムージング等の難易度が高いカスタムをされた車両の記事が現れた。
「シャリィか、おばちゃんバイクのイメージですけど、もしかしたらこれですかね?」
ページを見た岡部は「あ、これやん」と笑みを浮かべた。鈍感で世捨て人な中島だが「この人はもしかするとヤンチャをしていたのだろうか?」と思った。シャリィは当時ヤンチャしていた者に人気があったからだ。
「でも、私の頃は四角いライトでカクカクした感じやった気がするわ」
「丸い感じとかカクカクしたとか、岡部先輩のイメージは抽象的ですね」
自分が求めるミニバイクがホンダシャリィと解った岡部は糸を取り出して織物業従事者に必須にスキルである機結び(結び目が小さく織機に詰まらない)の練習を始めた。
「そうやねん、さっきのアニメキャラももう一歩が思い出せへんねん。赤い服で金髪で、銃を撃つ」
「もしかしてアレですか?」
中島の挙げたキャラ名を聞いた岡部は「ああ、それそれ」と答えた。中島は『なぜサイコガンの方を思い出さないのだろう?』と思いながら岡部から一本糸を貰って機結びの練習を始めた。スーパーカブやモンキーをフレームから組み立てる中島だが機織りは超初心者。経験が物を言う機織りは毎日が糸結びの連続、職歴六十年に迫ろうとするベテランが居る工場で中島はひよっこであった。
糸を結びながら中島は「シャリィやったらカブより安いはず」とシャリィをどうして入手したものかと頭を捻った。
◆ ◆ ◆
中島が禿げかけた頭を捻っていた頃、大島は某漫画に出てくる光画部元部長のごとく中指を立てて椅子から立ち上がった。
「ぬうぅぅ~っ! もう二十年前に絶版ではないかっ! 生産終了は一九九九年八月三十一日か、排気ガス規制で整理の対象になったんやな。じゃあ仕方がないか」
ついこの前と思っていた出来事なのに気が付けば
「そもそも二十年前の時点で(高嶋市内では)売れてないバイクやもんな」
スーパーカブも耐久消費財扱いだが、絶対数が多いから中古の玉数も多い。分母が大きいから分子の絶対数も多い。台数が多ければ探すのは楽で値段のお手頃(と言っても最近は高値安定だが)になる。逆もそれしかり、新車の台数が無いから中古車も少ない。希少価値が出て値段が上がり、生き残りもいじり潰されたりカスタムされて市場に出ないとなればなお更少なくなる。
「どうせレストアせんなん、
個人的見解だがネットでバイクを買うのはやめた方が良いと大島は思っている。特に初心者なら現物を見て買う店が良いはず。だが手間を惜しまない中島ならネットで仕入れて部品をウチ経由で買って直すだろうと考えた。
「安く仕入れて部品も売れて、中島は修理を楽しむ。winwinって奴やな」
良く考えると中島だけ苦労する気がした大島だが、気にしないことにした。
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