中島の同僚③ よく知らない車種

 わが大島サイクルは先代の大石久信がスーパーカブに惚れて開業した大石サイクルが母体である。大石サイクルを俺が引き継いだのが今から二十年ほど前の事、そこからの流れで常連になった顧客の大半はスーパーカブやモンキー、あとはスクーターが少々と言ったところ。最近はカブ系よりもスクーターの比率が増し、先代の時代は扱わなかった三輪バイクも扱うが、まぁそれは一部例外と言っても良いだろう。


 リツコさんの中に全てを放出して合体仲良しは終わり。いつも通りリツコさんは「しばらく動きたくない」と言いつつ腕枕をねだってきた。このまま少し話をしてから眠りにつくかもう一回戦して寝るのがよく有るパターン。今夜の会話は『ホンダシャリィ』の事だ。


「そういえば、中さんがシャリィを修理してるのを見たことない」


 リツコさんが言う通り、俺はシャリィを整備したことが無い。そもそもアルファベット表記は『Chaly』なのに、読み方は『シャリイ』『シャリィ』『シャリー』と、どうでも良い変化があるのだ。登場時が『シャリイホンダ』だが、社名が後ろに来るのは何か理由があったのだろうか?


「一回くらい触ったことが無いかと思ったけど、触った記憶が無い」

「ふ~ん、一台くらい売れそうなのにね」


 大石サイクル時代の客は取り回しの良いシャリィよりも長距離走行が楽なスーパーカブを好んで乗ったからだ。


「少なくとも先代の頃は売れんかったらしいな、シャリィはスクーターと購買層が被るさかいな。リツコさんやったらどっちを買う?」


 中島の同僚と言うか先輩は俺よりも年上な五十代らしい。だとすれば『若い頃見た』のだから三十年くらい前だろう。今から三十年前と言えば原付スクーターは全盛期じゃなかったかな? 今も時々中古や修理で店で扱うちょっと古めで希少価値が無いお手軽スクーターは九十年代前半の車種が多いと思う。


「私ならマニュアル車でもOKだけど、女の子ならスクーターかな? アクセルを捻ればス~イスイだもんね」

「わかる、とくにメットインになってからは便利やからなぁ」


 原付のヘルメット着用が義務になってからはスクーターはメットインでなければ売り辛くなってしまった。通学で使う高校生にとってメットインであるか否かは非常に大きな問題である。ブラブラむき出しで駐輪しておけば悪戯されるかもしれないからだ。


「そうそう、ヘルメットをかぶって荷物をシート下に入れればひったくり防止になるし、カゴやボックスが無くても大丈夫。シャリィだと無理ね」


 ギヤチェンジが必要でシート下にスペースが無い。そんなシャリィは大石サイクル時代から売れていなかった。今まで問い合わせも無かった。名前は変わるわ長年作り続けられたわで今一つどんなバイクだったか思い出せない。そんな時は雑誌の出番。枕元の電気スタンドをつけて買ってあったバイク雑誌を開いてみると何台かカスタムされた車両が載っていた。


「古い奴はコアな人気があるみたいやな、俺はこの手の改造は嫌いやけど」

「これで登校してきたら呼び出しものよ、一発で許可取り消しね」


 初期型は古いバイクで錆びたりしているのだから塗装して手直しするならまだよい。手動クラッチに改造したりマフラーを交換するくらいなら修理がてら社外品を取り付けるのも悪くない。太いタイヤだってスタイルが好きなら良いんじゃないかと思う。


「雑誌でも絞りハンドルや二段シート、旗棒は掲載NGらしいな」

「キャブレターが飛び出たのが多いね、ごみを吸い込まないかしら?」


 俺としては毒々しい車体色も規制してほしいもんやけど、それは個人の好みやから仕方がない。飛び出たキャブレターは乗り降りで引っ掛けそうで怖い。性能は上がるかもしれないが、これでは低床フレームの意味が薄れているような気がする。


「改造すると綻びが出るんかな? 改造の余地が無さそうやな」


 改造の余地がなさそうだから敢えて弄ってみるのかもしれないが、メンテナンス性は良くなさそうだ。近所へ買い物に出かけるくらいなら問題ないと思うが。長距離を走り走行安定性を重視する高校生が通学に使うのはどうかなって気がする。


「コンセプトはジョルカブに近いのかしら?」

「ん~? ようわからん」


 登場時期からすればソフトバイクが流行り出した頃。ホンダはフォーストエンジンに拘っていたから『フォーストエンジンのソフトバイクを作ろう』となって、開発費や開発期間など諸々の問題でカブ系のエンジンが使われたんだと思う。


「とにかく……ふぁ……もう眠いからお終い。寝るで」


 話している間に時間が過ぎてしまった。数時間後には朝食の準備をしなければいけない。レイのおしめも換えなければならないだろう。休日は志麻さんが来ない。朝寝坊できるリツコさんと違って主夫は家事と育児と奥さんにゃんこのお世話で忙しいのだ。


「え~、明日はお休みなのに~」


 雑誌を閉じて明かりを消すとリツコさんが布団にもぐりこんで俺の一物をいじり始めた。愚息に力が漲り、乗っかってきたリツコさんがむんずと掴んで秘所にあてがった。


「にゃふ、でも寝る前にもう一回♡」


―――――合体!二回戦―――――


 搾り取られた。

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