中島の同僚⑤ ベース車入手
中島に頼まれてシャリィを探しているうちに季節は進み、我が家ではコタツを出した。
「これでよし。じゃあ志麻さん、レイをお願いしますね」
「レイちゃん、ばあばと御コタでヌクヌクしましょうね~」
「きゃ~い!」
コタツ好きな遺伝子は見事に受け継がれたらしく、レイはコタツを見ただけで大興奮だ。妊娠中にコタツでくつろぎまくったのが胎教となったのだろう。初めて見るコタツに物おじせず突っ込んで行く様は小さなリツコさんそのものだ。我が家のコタツはホットカーペットが熱源となる感じで卓にヒーターは無い。中でハイハイしているのだろう、妊婦のお腹みたいにポコポコと内側からコタツ布団が押されては引っ込みしている。
「お父ちゃんはお仕事をしてくるで……ってコタツに夢中で聞いてないな」
「この子はホンマにコタツが好きどすなぁ……」
春になるまでの間、妻と娘がコタツから出ない様子が脳裏に浮かんだ。
◆ ◆ ◆
一昔前なら納屋の奥にしまいこまれていたり軒先に放置してあるのを交渉して入手できたスーパーカブおよび派生車種だが、この数年、その手の情報が無くなっている様に思う。車輪の会メンバーが常連に聞いてくれたりするが見つからない。中島も探している様だが見つからない。仕方が無いのでネットを見ると引取り限定で滋賀と京都の県境からの出品があった。引取り限定の出品は競ることが少ない。何故なら貨物車を所有している一般のご家庭が少ないからだ。最近はミニバンが流行っているが、常用登録の車両にバイクは積み辛い。やはりトランポはバンかトラックなのだ。ほぼ京都とは言え琵琶湖の西側なら東近江や能登川まで行くより近い。車両代は二万円少々と俺の感覚では高価だったが、最近のシャリィの相場としては悪くないだろう。
「ふむ、まぁ『シャリィ』やな」
引き取ってきた車両をバンから下ろして眺めているとカブがやってきた。久しぶりに安井のおっさんがご来店だ。カブから降りて「なんや、シャリィか」と言っただけでシャリィに興味を示すことなく店に入り「どっこいせ」と椅子に腰かけた。
「まぁ茶でもどうぞ」
「ん、サンキュ」
安井のおっさんのカブは速人が組んだチューンドエンジンが載っている。相変わらずカブの調子は良いらしいが、おっさん自身の調子が悪いらしい。趣味のツーリングに出かけることは出来ず家で庭いじりをして腰を痛めたらしい。今日は整体の帰りに寄ったらしく特に用事は無いみたいだ。
「で? アレ(シャリィ)は奥さんに頼まれて(仕入れ)か?」
「とんでもない、何とシャリィを指名買いやで」
安井のおっさんは「ふ~ん、珍しいなぁ」と言って茶をすすって若い頃に流行ったシャリィのカスタムについて語り始めた。
「シャリィのカスタム言うたら珍走団風が多いけど、外しでバカッ速にするのも有りやな。モンキーのクラッチ付きエンジンにしてハンドル・スイッチ関係にゴリラ用を流用して八十八㏄のキットを組んでビックキャブを足元から突き出す感じやな」
「ずいぶん詳しいやん、もしかして昔ヤンチャしてた?」
安井のおっさんと知りあったのは十何年か前だ。それ以前はどんなふうに過ごしていたか知らないし、高嶋市の公用車運転手だったと知ったのも最近だ。
「アホか、わし等の頃にそこそこ流行っただけや。むかしは丸っこいフェンダーで丸ライトやったけどな」
なるほど、シャリィの登場は一九七二年。昭和四十七年と言えば値段が高騰している絶版車の全盛期。モータースポーツ華やかかりしころだ。安井のおっさんの青春時代はシャリィの初期型が中古で出ていた頃だろう。
「初期型は値上がりしてるで、これは最終に近い奴やから安い」
「そうやのう、わし等の頃よりプラスチック感と言うか安っぽいと言うか何というか。」
四角いライトの最終型シャリィは今のところ比較的お手頃な値段で買える。しかも八十年代末の十二ボルト化されたモデルならスーパーカブ並みに維持が簡単だ。もしかするとこれから値上がりするかもしれないし、このまま忘れられるかもしれない。そんなモデルだ。
「とりあえず動く様にして納めるんや、頼まれ物なんや」
「カスタムして売るんと違うんか? いつもみたいにパリッと小奇麗なノーマル風でチョイと速い感じに仕上がると思ったわ」
今回はカスタムのベースを整えるだけ。少し錆が出た外装や表皮が固くなったシートには手を付けない。ただし点検はしておく。調子の悪いバイクをカスタムしても原因不明の不調で困ることが多い。しっかり基本整備をしてからカスタムするのが良いと思う。今回は燃料タンクや電装系をキッチリ仕上げて引き渡す予定だ。幸いな事に中島はホンダ横型エンジンのスペシャリストだ。俺とはアプローチこそ違えどパワーを出すことに関しては俺より上だと思う。その気になれば扱いやすいエンジンだって組めるはず。エンジン本体や吸排気系はカスタムなり職場の同僚のリクエストに答えるだろう。
「客の知り合いが乗るんやって、だからカスタムのベースを作って終わり」
「ふ~ん、どんな奴が乗るんかなぁ」
キャブの掃除とエンジンオイルの交換、あとはバッテリー交換とか燃料タンクの掃除とかをして格安で渡そうと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます