2020年 9月
ソーシャルディスタンスとオートバイ
まだまだ収束の気配が無い新型肺炎。世間では人と人が適度な距離を取って感染拡大を防ごうとしている。ソーシャルディスタンスのおかげか我が街のオートバイ業界は通勤・通学用の中古オートバイがボチボチと売れ始め、順調とはいかないが何とか商売が成り立っている。車体の売り上げが徐々に伸び、それに伴い修理の件数が増えつつある。今日は午前からリバーストライクやカブに乗った奥様が来店しては軽い整備とオイル交換を済ませて買い物へ行き、午後からは学校帰りの学生が修理上がりのスクーターを引き取りに来たり。やっとこさ活気が戻ってきたように思う。
「じゃあ、おっちゃんバイチッ!」
「気を付けて帰りや~」
高嶋高校の生徒は中古のバイクを購入して通学する者も多い。中古のバイクは壊れて当たり前と壊れれば修理して走り出し、走り続ければ故障して店に来るを繰り返す。修理ついでのカスタムやチューンアップもチョコチョコ頼まれる。
「こんばんは、まだいいですかね?」
「全然OKやで」
バイク通勤や通学に対する追い風はソーシャルディスタンスだけではない。暑さもバイクに味方している。
「お? 距離が伸びてるやん」
「ええ、晴れだとバイクで通ってますからね。風が気持ち良いですよ」
リツコさんの後輩でジャイロ乗りの竹原君が閉店間際にご来店。真旭に住んでいる彼が言うには車通勤だと車内が冷えるまでに学校に着いてしまうのだとか。ハイエースはちょっとした倉庫並みの室内空間だから仕方がなのだろう。
「ハイエースだと室内が冷えるまでに数キロ走りますからね、エアコンをつけるより窓を開けて風を入れる方が外気温と同じくらいまで(車内温度は)下がります。だったら風を浴びながら走る方が良いですよ」
窓を開けておけば車内の温度はそれほど上がらないが、何と言ってもハイエースはトヨタが誇る人気車種。働く人だけでなくバイクのトランポやアウトドア好きに大人気。問題はクルマ泥棒にも人気があることだ。猛暑の中、窓を開けたまま駐車しておけば窃盗団の餌食になる。窓を閉めて数時間放置すれば車内はサウナと化す。試しに黒い容器に水と生卵を入れて車内に放置したら温泉卵が出来るほどになったらしい。
「で、こいつ(ジャイロ)を通勤で使うとライトが暗いかなって思ったんです。もうちょっと何とかなりませんかね?」
ハロゲンバルブを入れるとかハイワッテージのバルブを入れればヘッドライトは明るくなる。ただし、消費電流が増えるので配線やバッテリーなどの電装系に負担がかかる。
「LEDバルブにしてみよか? 調べるし、少し時間をくれるかな?」
時間を欲しいと告げると竹原君は少し考えて「違う車種でも電球は一緒なんですか?」と聞いてきた。
「メーカーにもよるけどほとんど同じような電球を使ってるなぁ、何で?」
竹原君は高嶋高校で『鬼の竹原』と呼ばれる強面だが、中身は普通の青年だと思う。頬をポリポリと掻きながら「いや、えっと、彼女もヘッドライトが……」とかゴニョゴニョ言い始めた。要するに彼女とお揃いにしたいのだ。
「何か探しとくわ、多分似たようなもんやろう」
「先輩には内緒でお願いしますね、あの人絶対にからかってきますから」
リツコさんには内緒にしつつ、我が家のジャイロ用にもLEDライトを買っておこうと思う。ところで、その先輩であるリツコさんは竹原君と同じ職場なのにまだ帰って来ない。今日はジャイロで出かけたのだが、何か有ったのだろうか?
◆ ◆ ◆
レイが生まれて八か月、フニャフニャだったのが首が座りハイハイを始めてもうすぐつかまり立ちをするんじゃないかってくらいに成長した。熱を出したり発疹が出たりしたこともあった。家の全てがレイを中心に回ってる気がする。だから夫婦のイベントを忘れてしまったわけで……。
「すっかり忘れてた、中さんも忘れてる」
中さんは五月生まれ、私は七月生まれ。お互い育児に一生懸命ですっかり忘れていた。ケーキもプレゼントも無かったけど、我が子を授かったことがお互いへのプレゼントだと思う。
「中さんは……四十六歳だっけ?」
私より十四歳上なはずだから四十六歳だったはず。
「私は三十二歳だけど忘れていたのだからノーカウントで三十一歳……違うか」
自分で言って虚しくなった。そんな気持ちを振り払うように帰りにケーキ屋さんへ寄って生クリームたっぷりなショートケーキをワンホール買った。食後に二人で食べようと思う。ジャイロちゃんの荷台に有るボックスはケーキを平置きできて助かる。
「さて、今日は遅ればせながらバースデーケーキを……」
そんなことを考えながらジャイロちゃんのエンジンをかけて我が家へ……と思ってアクセルをひねったら発進が鈍い。アクセルを煽っても反応が鈍い。スピードも頑張って三十キロも出ない。車の運転が苦手な私にとってジャイロちゃんは買い物の生命線。故障はピンチである。
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