2020年 8月

夏休み明け

 高嶋高校と言えば始業式の後で行われる車両点検が夏休み明けの風物詩。だが今年は新型肺炎騒動で授業時間がひっ迫していることもあり、各二輪車取扱店に中止の連絡があった。正直なところ暑い最中にグラウンドで歩き廻らなくてよいので助かる。行事が一つ無くなってリツコさんは楽なはずだが何故か忙しそうだ。


「なんか今年は今までの年と違うなぁ」

「おっちゃんもそう思う?」


 本日はディオの瑞樹ちゃんとトゥディの四葉ちゃんがご来店。四葉ちゃんは修理や点検をするところはないが、瑞樹ちゃんの付き添いでやってきた。二人とも暑さでグニャグニャになっていたのでアイスキャンデーをサービス。


「ウチの奥さんもバタバタ忙しそうやし、おっちゃんの仕事もいまいちペースに乗らんし、梅雨は長いわ野菜は値上がりするわ、そこへ純正部品が値上げと来たもんや、ホンマに頭が痛いで」

「私もオイル漏れして頭が痛いねん、で、直りそう?」


 スーパーディオは部品の劣化による故障が出る年式だ。二十年以上経過すれば当然と言った気がするが、それまで何もなかったことが素晴らしいと思う。少し古めのスクーターはコストダウンの意識が今ほどなかったのか端々の造りが良い。良く言えば丁寧、悪く言えば過剰品質だ。


「時間はあるか? あるんやったら(オイル漏れの)場所を見てみるか?」


 外装を剥がすなら十分そこらだが修理するとなれば時間がかかるかもしれないし部品を頼まなければいけないかもしれない。


「暑いし休憩しながら見てる~」

「私もこの固いアイス食べながら見てる」


 外装を剥がすと言っても手慣れたバイクだから十分もあれば大丈夫だ。リヤキャリアから外していきメットインやサイドアンダーカバーと外して現れたのはオイルにまみれたオイルタンク。


「ほら、ここから下がオイルで濡れてるやろ? その下は特になんて事ない」


 オイルは重力に従って上から下に流れる。上の漏れていくことなど圧力がかかっている場所意外は考えにくい。


「ホースのジョイントが破れてることが多いけど、今回はオイル量のセンサーからやな。部品はあるから直せるけど、二晩預からせてな」

「なんで? 部品換えたら終わりと違うん?」


 オイル漏れの類は部品を交換して、そのあと漏れが無いかオイルを入れて確認したい。そのことを告げると瑞樹ちゃんは納得したようなしないような表情になった。


「漏れてるか漏れてないかはしばらく置かんと解らんしな、代わりにその三輪車を乗っとき。原付やから三十キロしか出したらアカンけどな」


 我が家の三輪車はリツコさんの買い物の足としてだけではなく、修理預かりの代車になったりする。乗ってみたいが買うかと言われると微妙な三輪バイクは代車として大人気だ。


「ん~、じゃあ貸して。ちょっと乗ってみたかってん」

「じゃあ修理にかかるわ、ついでにオイルホースとジョイントも換えとこか? ついでやからホースとジョイントは部品代だけでええわ」


 ついでに出来る整備をやっておけば『ついこの前直したばかりなのに』を防ぐことができる。チョコチョコした整備を繰り返すより一気に直す方が後々のトラブルが少ない。


「換えた方が良いん?」

「ついでにする方が後々壊れんですむからな」


 同じだけオイルに漬かっていた部品だから交換時期も似たようなものになると説明したら今度は納得したみたいだ。


「エア抜きとかで時間がかかるしな」

「わかった、じゃあお願いします。新学期早々バイクが無かったらどうしよかと思ててん。臭い今都駅を使いとうないしな」


 修理の事を話していたら小豆バーと格闘していた四葉ちゃんが戦いを終えて「なぁおっちゃん知ってる?」と会話に入ってきた。


「どうした、新しいハンターカブのことか?」

「バイクじゃないで、高嶋高校が大変な事になってるて知ってる?」


 高嶋高校で何かが起こっているのは何となく解る。普段なら甘い卵焼きを好むリツコさんが塩を効かせた卵焼きを望む時点でおかしい。安浦刑事が県の施設が移転するとか言ってたくらいだから高校も移転を検討しているのだろう。


「ウチの奥さんは高嶋高校に勤めてるんやで、何かは知らんけど何かがあるのはオッちゃんでも気づくぞ?」

「あのな、Bコースの生徒がほとんど辞めてしもてんほとんど退学しました


 四葉ちゃんが言うには今都の生徒が集められたBコース、通称“都落ちクラス”のみ新型肺炎が蔓延してからリモート授業になっていたらしい。


「あ~、それ私も聞いた」

「リモート授業にしてたらな、学校へ来るのがアホらしなったとか、サボってエッチなことしてたら赤ちゃんが出来たとか、妙な病気にかかったとかいろいろ有ったみたいやで」


 リツコさんから聞いたのだが、今都から高嶋高校へ通う生徒を普通のクラスへ分散配置して麻薬騒動や素行不良などで悪いイメージしか無いBコースを廃止する計画が新年度から始まるはずだったらしい。ところが新型肺炎が今都町で蔓延した影響から本年度も今都・蒔野の高嶋市北部から通う生徒を集めたクラスが編成されたそうな。


「おおかた今都の保護者が『わが神子様みこさまを新型肺炎から守るべし!』とか言うて別にしてたんやろ? おっちゃんが知る限り新型肺炎の震源地って言うかクラスターは今都からなんやけどな」


 そもそも今都町の住民は自分たちが悪い病気にかかるとは思っていない。


「新型肺炎は私らが原因みたいに言われてるんやで」

「そうそう『神に選ばれし民である今都市民が新型肺炎になるはずがない』とか言うてな、私ら石を投げられたんやで」


 四葉ちゃんが見せてくれたヘルメットに傷がついている。本当なら交換するほうが良いのだが、高校生のお小遣いで新しいヘルメットを買うのは厳しい。


「相も変わらず今都やなぁ……」


 新型肺炎騒動で世の中が変な方向へ全力疾走している気がする。その中でも今都町は酷い。麻薬騒動に続いてクラスター発生、高嶋高校はどうなるのだろう。商売に大きな影響があるから不安だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る