少し未来のお話・レイと楓

 会長宅でアルバムを見せてもらっていたら帰りが遅くなってしまった。晩御飯の献立を考えながら我が家へ向けてジョルカブを走らせる。


「素麺でも茹でるか、それともうどんにするか」


 とりあえず冷蔵庫に酒のつまみがあるから料理する時間は稼げる。幸いなことに奥様がおかずを持たせてくれたから晩御飯はそれをメインにしよう。見せて貰おうか男の胃袋を掴んだ味を……なんつって。


「ただいま~」

「レイちゃん! 助けてっ!」


「え~っと、素麺は有ったかなっと」


 玄関を開けるなり楓ちゃんが助けを求めた来たけど無視した。私の告白を『無理』と断ったアホを助ける義理なんぞない。晶おば様に居間へ引きずられて行ったけど知~らないっと、麦茶を飲んで一息ついたら晩御飯の準備だ。


「楓、リツコちゃんに呼ばれたら『御指名ありがとうございます、楓です♡』をしてからお酌しなきゃ駄目でしょ? 母さんが見本を見せるからもう一度」

「うむ、苦しゅうない」


 居間を覗いたらお母さんがソファーにふんぞり返ってた。足元には膝まづいて焼酎をお酌する楓ちゃん。いや、『苦しゅうない』じゃなくて。晶おば様も『御指名ありがとうございます、晶です♡』はやめて、マジで御指名してしまうから。


「うわ~ん! レイちゃん助けて~!」


 何が助けてくれだこの野郎、乙女の純情を踏みにじった事を心の底から悔いるがよい。にっこり微笑んで断ったった。


「乙女の告白を『無理』なんて断ったからやな、反省しなさい」

「「告白って何っ!」」


 わ~お、熟女二人が喰らいついてきた。こうなったら全部話してやる。おばちゃん二人にとことん突かれてしまえ。


「おば様聞いてぇな、楓ちゃんに『年上の女は嫌い?』って聞いたら『無理』って言われたんやで。断るにしてももうちょっと言い方があると思わへん?」


 楓ちゃんが「母さんより年上の女性は無理~」とか言いながら泣いてるけど気にしない……いや、ちょっと待て。って何やねん。これは詳しく聞く必要がある。国際A級スナイパーの気分になって聞いてみよう。


「楓ちゃん……詳しく聞こうか……」


 私は楓ちゃんより年上だけど、おば様より年はとってないぞ。


「だから、新しいお父さんが欲しいんでしょ? アレはふざけただけ」


 はて、『お父さんが欲しい』とは? そんなこと言ったっけ?


「あっ! もしかして私が言ったアレ? レイちゃんじゃなくてリツコちゃんにしたの?」

「母さんが言う通りしたらリツコさんだったんだよぅ」


 晶おば様は「あんたはイケメンだから挨拶代わりにレイちゃんを後ろから抱きしめてドキドキさせてやんなさい」と楓ちゃんに言ったらしい。本当ならドキドキするのは私だったはずなのに、相手を間違えて母さんをドキドキさせてしまった。とんでもない誤爆やったんやな、うん。


「年上の女は嫌いかって聞かれたけど、母さんより年上だから無理って」

「ふむ、お母さんもリツコちゃんが義娘になるのは嫌だな!」


 わ~お、晶おば様がこんな嫌そうな表情するのは初めて見た。


「にゃっ! ひどいっ!」


 イケメン二人に拒否された母は半泣き(笑) 「てやんでいべらぼうめ、こっちは中さん一筋でぇい」とか言いながら竹輪を齧ってはシャーベットを食べている。良く見りゃシャリキン(凍らせてシャーベット状にした焼酎)だ。今夜はきっとお腹を壊すに違いない。


「楓ちゃん、なんで『年上の女』を母さんだと思ったん?」

「だって、リツコさんと話してたら怒ったもん。でもって『年上の女は嫌い?』って来たらリツコさんとお付き合いしてお父さんになって欲しいってことじゃないの?」


 なぜそう考える? 自分より年下の男が義理の父なんて考えたこともねぇわ。


「やれやれ、じゃあ改めて聞くか」


 どうも天然ボケなところのある楓ちゃんだから、今度は「年上の女は嫌い?」かと問うと、楓ちゃんは「嫌いじゃない、むしろ好きだし可愛いと思う」と答えた。


「楓ちゃんには裸を見られたことやし、責任を取ってもらおう」

「レイちゃんこそ僕のチ〇チ〇を引っ張った責任を取ってもらう」


 私たちが付き合うことが決まった後、お互いの母から『あんたたち何をしたの?!』と、こっぴどく叱られたことは言うまでもない。こっぴどく叱られた後はどんちゃん騒ぎの大宴会。楓ちゃんは伝授された技を駆使してお酌を続け、私はひたすら料理を作り続けるのだった。


◆        ◆        ◆


 ベコベコなペットボトルに焼酎を入れて二十四時間冷蔵庫へ、取り出したら揉んでシャリシャリのシャーベット状にして楽しむ焼酎の飲み方を『シャリキン』と言う。夫が教えてくれた呑み方だ。今まで忘れてたけど、同時に「たくさん飲むとお腹壊すで」とも言ってた。どうして思い出したかって?


「う~ん、お腹が痛ぁ~い」

「知らぬ」


 レイと楓君が付き合うことになり、私と晶ちゃんは祝杯だと呑みまくった。酔っぱらった私はいつもの様に裸になり、食事を作り続けたレイとホスト代わりにお酌をしてくれた楓君は二人そろって私を放ったらかしにした。


「付き合って早々に上手い事息を合わせて……」

「知らぬ」


 晶ちゃんは途中でトイレに行ってから布団で寝て大丈夫だったけど、エアコンの効いた部屋で全裸になり、しかもキンキンに冷えたって言うかと凍らせた焼酎を呑みまくった私はお腹を壊した。


「お腹が痛いのにお腹が空いた」

「知らぬ」


 明け方からトイレと布団の往復で眠いわお腹が痛いわ、固い床で寝てたから背中とお尻が痛いわ、蚊に刺されて痒いわで『も~っ!』って感じだ。そんな私を娘は軽蔑の目で見ながら『知らぬ』と世紀末覇者みたいなセリフしか言わない。


「え~ん、冷たいよ~」

「知らぬわっ!」

「まぁまぁ、これなら食べられるでしょ」


 楓君が持って来てくれたのはパン粥。


「ありがと、優しい息子がいて良かったわ」


 寝室の方から「まだあんたの息子じゃないっ!」と聞こえたのはこっちへ置いておいて、パン粥は少し冷まして常温にしてあった。暑い季節に嬉しい配慮だ。パンが牛乳を吸い込んで優しいお味。


「にゃふ……美味し……そういえば私がインフルエンザで寝込んだ時にね―――」


 パン粥とスーパーカブは我が家に受け継がれる運命。この後も楓君は我が家に住み、レイと愛を紡ぎ続けるんだけど、それはまた次のお話。


 ここは滋賀県新高嶋市、夫と私の紡いだ愛は、撚られて一本の糸になる……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る