蒼柳区のバート・マンロー②
小学校の頃、先生から『遠足は家に帰るまでが遠足』と言われた事は無いだろうか? それと同じ様に『修理は道具を片付けるまでが修理』なのだ。片付けをする事により工具の紛失を防いだり、次の作業へ移りやすくなる。俺は「片付けが出来ない奴にロクな修理は出来ない」と、先代から整備以外に片付けやコンプレッサーの手入れ方法やらを教えられた。
「根を詰めるからやで、夢中で作業して大失敗したな」
「ホンマになぁ……クソッ! せっかく面白いバイクを手に入れたのにっ!」
目の前にいる『蒼柳区のバート・マンロー』こと中島だが、根を詰めてジャイロXを修理していたらエネルギー切れになり、倉庫のカギをかけ忘れたか上手くかかっていなかったかで泥棒に入られてしまった。
「蒼柳区も物騒になったな、で? 警察は何て?」
「あいつらな、『多分無理でしょうねぇ』とか言いやがった。税金泥棒め、俺に言わせたらあいつらこそが国民からの税金を使って肝心な時に仕事をせん詐欺師やで。高嶋署のボンクラ共め、行方不明とか出ても絶対に協力したらん」
幸いな事にモンキーやスーパーカブは中二階に保管していて無事だった様だが、普段使いにしようと修理していたジャイロXが盗まれてしまった。ロックさえしておけばそうそう盗まれる原付ではないのだが、注意力散漫な状態だったからか、うっかりカギを付けっ放しにしていた様だ。自業自得かもしれないが、病気の影響もあるから仕方がない気もする。
「お前のジャイロは古いから値段が付かんやろ?」
「
いくらで車体を買ったか知らんが、部品代で五万となればプロが修理すれば工賃だけでかなりの値段になるはずだ。ウチで買った部品からすれば工賃は片手で足りるかどうかってところだ。
「わおドク、ヘヴィだね」
「何じゃとマーティ……って冗談を言う元気も無いわ」
タイムマシンでも在れば過去に戻って犯人をとっ捕まえるが、残念ながらガルウイングドアのクルマは持っていない。我が家のあるのは両側スライドドアの軽バンだ。
「さんざん汚れを落として手を汚して……これから駆動系のセッティングと思ってたのに……俺は自分の体を大事にしてこんかったことを今回ほど後悔したことはないで」
中島はアホな男で、整備で失敗しても「自分のバイクでラッキー、人のバイクと違って気楽♪」なんて笑って済ませる。だが今回は落ち込みっぷりが半端ない。よほどジャイロXはお気に入りな一台だったのだろう。代わりに何かレストアの素材を譲ってやろうかと思いかけたその時、中島は何か思いついて話しかけてきた。
「なぁ大島ちゃん、とりあえず『盗んだ奴ジャイロの後輪で足を轢かれろ』って呪うのと、風俗に行って嬢に慰めてもらうのと、俺はどっちをすればいい?」
「とりあえず一回死んで生まれ変わろうか?」
こいつに同情した自分を恥ずかしく思った。
◆ ◆ ◆
何にでも例外はあるもので、安曇河町の住民にだって嫌な奴は居るし、バイクに乗る者でも悪い奴は居る。中島の倉庫からジャイロXを盗んだ犯人は両足を氷で冷やしていた。
「くそ……痛てててて……」
盗んだバイクで走り出したまでは良かったのだが、駆動系セッティングが出来ていなかったジャイロXはウェイトローラーが重すぎたのか、ドライブプーリーの具合が悪かったのか、どちらにせよスタートダッシュが恐ろしく悪かった。イライラしたこの男は地面を足で蹴って進もうとしたのだが、蹴り出した足を後輪に轢かれてしまった。普通のスクーターなら後輪は一つだが、運悪く今回盗んだスクーターは三輪のジャイロX。左右の後輪は見事に男の両足を踏みつけた。
「何やねんこのバイク、何で自分が運転するバイクに轢かれるんや」
轢かれた右足は足首が腫れ始め、左足は甲が内出血して紫になっている。文句の一つでも言いたいところだが、盗んだバイクで走り出して自分を轢きましたなんて恥ずかしくて言えるわけがない。
「上手くいかんなぁ……」
この男。今都町に在った『セレブリティバイカーズTatani』の元整備士である。店を辞めてから別の仕事に就くも態度が悪かったり周囲に嫌われたりで続かず、Tatani時代に倉庫から失敬した工具や部品を売りとばしては小遣いを稼いでいた。
「でも怪我をしたんやから賠償金として貰ってもいいよな」
他人の倉庫へ侵入してバイクを盗んだ時点でアウトなのだが、性格に難があるのか今都町に毒されたのかユニークな考えをしている。
「さっそくネットオークションで売ろうっと」
男はジャイロXの画像を撮り始めた。
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