2020年 5月 GWはStayhome

Stayhome

 今年のゴールデンウイークは例年になく静かだ。政府が出した緊急事態宣言のおかげで学校は始まらず、教習所も休業中。となれば免許を取る学生は居らず、バイクも売れない。商売あがったりだ。レイと触れ合う機会が多いのは良いのだが、収入が減るのは困る。


「行ってきます……の前に」

「お弁当と行ってっしゃいの……」

「びゃぁあぁぁぁん!」


 チュッと軽くキスをしてリツコさんをお見送り。今日は会議があるとかでばっちりメイクのリツコさん。おかげで朝からレイは泣きっ放しだ。お願いだからママの変化へんげに慣れて。じゃないとお父ちゃん困っちゃう。


「遅くなるかもしれないから」

「わかった、美味しい晩御飯を用意しとく」

「ぎゃあぁぁぁぁん!」


 今日は長めのスカートだからかリトルカブで出かけて行った。空冷単気筒のエンジン音が遠ざかる。可愛らしいけれど社外マフラーで少しだけ獰猛なエキゾーストノートを奏でるリトルカブ。お酒を呑んだ時に迫ってくるリツコさんと似ている。すっかり乗り手に馴染んだって事か。


「レイはお母ちゃんみたいな大酒呑みにならんといてな……」

「あ~、ぶ~」


 レイはリツコさんの化けた姿を見ると泣く。出来れば早いところ変化に慣れて欲しいところだ。負ぶった状態でギャン泣きされると耳が痛い。レイの鳴き声は元気が良すぎる。爆音マフラー並みにうるさい。恐らく高回転型なのだろう。


「さてと、ボチボチ志麻さんが来るころやな……」


 金一郎宅で家政婦をしていた志麻さんが五月からレイのお守に来てくれる事になった。俺の仕事は埃の出るバイク修理、一緒に居てレイの顔を見ていたいが、埃を吸い込んで病気になったら大変だ。かと言ってレイを放ったらかしにして万が一の事が有っても困る。そこで金一郎に相談した所、朝から夕方まで来てくれる事になったのだ。


「おはようさんです、あらあら中さん、良く似合ってますよ」

「おおきに。でも仕事にならんのでお願いします」


 おんぶ紐をほどいてレイを志麻さんに預けた。志麻さんは出産経験こそ無いが、周りの姐さん(姉さんに非ず)の子供を世話した経験があるそうで抱っこも慣れたもの。


「は~い、ばあばと一緒にお留守番しましょうね~」

「きゃ~い♪」


 レイはご機嫌で抱っこされている。「じゃあ頼みます」と、志麻さんに娘を任せて開店準備。開店した所で対して客は来ないのだが、シャッターを閉めて作業していても陰気くさいし換気も良くない。


「さぁてと、こいつを仕上げるとするか」


 スズキが販売していたバンバン九〇そっくりなバイク。エンジンはホンダのカブをオマージュした物が搭載されている。パクリみたいでけしからんバイクではある。だが、素材としては悪くない。バンバン九〇は二ストロークエンジンでマニュアルクラッチだったらしい。


「バンバン九〇にカブのエンジンを積もうと思ったら大改造やけどな……」


 もしもホンダのエンジンをスズキバンバンに積んで走らせようと思ったら、切った貼ったの大改造になるだろう。ところがこのバイクは一応だがホンダのエンジンがボルトオンで搭載できる。太いタイヤをクリアーするのにマグナ五〇やジャズ五〇のシャフトを使ったりの工夫は必要だが、そんなのは何とでもなる。外国製の配線や電装系は信用できないけれど、そんなものはカブのハーネスを加工すればどうにでもなる。今回はカブの配線を加工したのを使う。


「仮組してから仕上げたから、あとは組み付けだけやな」


 物事は『段取り八分・仕事二分』だと思う。仮組みをして、一度形にしてから分解して部品単位で仕上げてから組み立てる。無駄に思えるかもしれないが、急がば回れだ。キレイに仕上げた部品を加工して改めて仕上げるよりも手間じゃないと思う。


「面白いよなぁ、バンバン九〇の車体をカブの遠心クラッチで操作するてなぁ」


 大きな太いタイヤを装着したファニーな車体を四ストエンジンで、しかも自動遠心クラッチでイージー操作で走らせるなんて、想像するだけでワクワクする。


「それにしても、誰も来んなぁ……」


 腰を据えて作業できるのは良いが、高校生や常連が来ないとは何とも寂しい春だ。晴れた空、そよぐ風。空を見上げていて、ふと思い出した。


「そういえば、葛城さんと浅井さんの結婚式はどうなるんやろう?」


◆        ◆       ◆


 不要不急の外出は控えるようにと言われているが、何をもって不要であるのか? 少なくともエンジンオイルの交換やパンク修理は『急』であって『要』に違いない。


ごヴぁこら! ぎょヴぉじゅてみしぇうぃあげふぇりゅんぎゃっどうして店を開けてるんだ!」


 季節の変わり目は頭がおかしい連中が来る。全部が全部とは言わないが、代表格は今都町の住民だろう。見た感じは俺と同じくらいの歳か、ステイホーム出来ずにウロウロしてウイルスに感染したりウイルスを蔓延させる典型的な例だ。


「オイル交換やパンク修理などの急を要するお客様の為に営業しています。で? ご用件は? 不要不急のご用でないならお帰り下さい」


 何を言っているのかイマイチわからないが、店を開けているのを見てイチャモンでも付けに来たのだろう。言葉使いからして明らかに今都民だろう。


(ストレス解消のつもりで来やがったな、お前こそ不要不急の外出やないか)


 それに、変な匂いがする。気分が悪くなる。こんな連中をレイに見せたら幼少期の性格形成に悪影響を与える。志麻さんに任せてお家に居てもらってよかった。


みしぇをシュめりょ店を閉めろ! 今都民のいうこひょがきヴぇんもぎゃっの言う事が聞けんのか!」


 営業妨害で警察を呼ぼうと思った時、空冷単気筒の軽快なエンジン音と共に愉快な形の乗り物が近付いてきた。よし、プロに任せよう。


「お客様が来ましたんで少々お待ちください。いらっしゃったのはお話を聞くプロなんで、当店へのクレームを相談してみてはいかがでしょう。ちなみにウチはコレなんで」


 指差した看板には『警察官立ち寄り所』の文字、そして、愉快な乗り物から降りたのは……。


「兄さん、チョイとお話を聞かせてもらいましょうか……署でな!」

「ぎゅヴォっ! おまふぇけふぃしゃちゅきゃお前、警察かっ!」


 久しぶりに『はぐれている刑事』こと安浦さんが御来店。何かやましい事が有ったのか安浦さんを突き飛ばして逃げようとした輩は目にもとまらぬ早業で投げ飛ばされ、ギリギリと腕を締めあげられた。


「えっと、大島さん。一一〇番とオイル交換をお願いしますね」

「いや、通報とオイル交換を同じ感覚で言われても……」


 とりあえず通報したが、なかなかパトカーが来ない。


「早く来てもらわんと困るなぁ……」

「ぎゃヴぁヴぁヴぁヴぁ! はなしぇうぇえうぇうぇうぇうぇ放せ!」

「そうですね、このまま(腕の骨を)折ってしまいそうです。とりあえず関節は外しときますか、よっこいせっと」


 安浦さんが力を込めると妙な音がして輩の腕がプランプランになった。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

「逃亡防止の処置もっ……と」


 腕に続いて脚の関節も外したらしい。ここでやっとパトカーが到着。消防団の連中が言うには火災現場には消火活動の邪魔になるほど出しゃばって出て来るのに、暴走族や喧嘩などの通報には反応が鈍いのが滋賀県警高嶋警察署の連中らしい。


「お疲れさん、もうちょっと早く来てほしかったな。可哀そうな事になってしまった」


 安浦刑事の視線の先にはグニャグニャになった今都民が転がっている。大人なのにグニャグニャだ。最近うちの子は首が座ってシャッキリしてきたのに、良い歳こいて何事だ(笑)


「あっ! 安浦刑事っ! お疲れ様ですっ!」

「変な匂いがするから、署で――――」


 安浦さんが交番勤務の警官と話している間、俺はカブトライクのオイル交換に取り掛かる。ボンクラ警官だが安浦刑事を見るとシャキッとした。上下関係が厳しい職場は大変だなぁ。


「さてと、ちょっと休憩させてもらってもいいですか?」

「どうぞどうぞ、お久しぶりですねぇ」


 腰かけた安浦さんにコーヒーを出す。諸事情で当分は紙コップだ。


「大きな仕事が一段落しましてね」

「そういえば、いつだったかに護送車が走ってたってウチのが言ってましたよ」


 安浦さんはコーヒーを一口飲んで、『大きな仕事』について話し始めた。


「もしかすると、大島さんの奥さんに影響があるかもしれませんよ……」

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