2020年 2月 家族が増えました
第452話 夫は子煩悩
お家へ帰って数週間。私は毎日ご飯を食べてレイにオッパイをあげてオムツを換える日々を過ごしている。え? 『旦那は何もしないのか?』ですって? とんでもない。それ以外の炊事・洗濯・掃除・お買い物等、全部を中さんがやっている。しかも仕事の合間に。おかげで私は比較的のんびりした育児休暇を過ごしている。
「レイちゃんはオッパイをよく飲むねー」
飲んでも飲んでもあふれ出る私の母乳。これは中さんの料理のおかげだと思う。乳腺を塞いでしまう脂肪分は少なめに、母乳の原料となるであろうタンパク質は多めにした食事。
「たまには油ギラギラのホルモンとか、炎をあげながら焼肉なんて食べたいなぁ」
おかげで粉ミルクが必要無いくらいに母乳が出る。中さんは『母乳は大事、特に最初のオッパイは免疫を作るのに―――』とか何とか言っていたけれど、どこで仕入れた知識だろう。中さんの部屋の本棚には母乳に関する物は無かったはずだ。大方ご近所の奥様方に言われたのだろうと思う。
「ああ、焼肉とビールはしばらくお預けかぁ……」
お腹が一杯になったのだろう。レイは乳首から口を離した。
「はいはい、じゃあゲップね~」
レイを担いでトントンと背中を叩くとケプリと可愛らしいゲップが聞こえた。
「さて、まだまだ出るオッパイを絞っておくか。搾乳搾乳……これで何か作れないかな?」
レイが飲んでもオッパイはパンパンに張っている。私のオッパイは見た目や大きさだけじゃなくて機能的にも優秀なのだ(エッヘン)。昼間に搾乳しておけば夜にレイがお腹を空かせて泣いても中さんが温めて哺乳瓶で与えてくれる。おかげで私は朝までグッスリだ。実は「ナンボ起こしても起きんから絞っておいて」と言われているからだったりする。
「おおっと、結構溜まったな。一リッターくらいありそう」
絞ったオッパイは日付けを書いた容器に入れて冷蔵庫へ保管しておく。
「このタッパーは何だろう? まぁいいか」
在庫は中さんが管理しているけれど、飲みきれない分はどうなったんだろう? もしかしたら彼が飲んでいるのだろうか? 飲みたければ搾りたてをいくらでも飲ませてあげるのに。
◆ ◆ ◆
家族が増えたからには稼がねばなるまい。商品単価を上げる訳にはいかないから数で勝負だ。家事をこなしつつ修理台数も稼ぐ。レイの御守りをリツコさんに任せてばかりな気がするけれど、個人営業の店は休みが収入減に繋がるシビアな世界だ。家事全般とリツコさんが寝ている間の育児はするので大目に見てもらおう。
「ふぅ……歳かな、徹夜が堪える」
昨晩はレイを泣き止ませるのに苦労した。目がショボショボする。手を止めた途端、背後から温かくて柔らかい物体に抱きしめられた。
「中さん、少し痩せた?」
「そうかな? わかる? リツコさんは胸が大きくなったな」
リツコさんだ。まぁ我が家で俺に抱きついてくるのはリツコさんに決まっているのだが。
「レイは?」
「オッパイを飲んで寝たところ」
レイにオッパイをあげていたからか、乳の臭いがする。
「寝る子は育つってな、俺は少し痩せた。一キロチョットかな」
「肉眼で確かめてみたいな」
そう言えば夜の営業がご無沙汰だ。リツコさんは体調が戻り、体が俺を求めているのだろうか。「無理しちゃ駄目よ……」と耳元で囁いたと思ったら耳たぶを甘噛み。これはおねだりのサインだ。
「アカンで、まだ仕事中や」
「いいじゃない、レイも寝てるし少しだけ」
一瞬、心が動きかけた。
「それに……」
「な~に?」
だが、そうはいかない。店は営業中だ。
「怖~い後輩が見てるで」
「にゃっ!」
いつの間にか店の入り口に竹原君が『何やってんだか……』とでも言いたげな表情をして立っていた。
◆ ◆ ◆
リツコさんが帰って来てから数週間。そろそろ落ち着いた頃かと思って様子を見に来た竹原君にとんでもない所を見られてしまった。
「はいはい、そんなに元気なら職場復帰も近そうですね」
「いや、まだ生まれたばっかりやし」
「あ、レイちゃんが泣いてる」
住居の方からレイの鳴き声が聞こえた。恐らくオムツの時間だろう。レイはよく飲みよく出す。吸排気のバランスが良いからパワーが出る事だろう。
「先輩は行ってください。僕は御主人に話があるんで」
今日の竹原君は先日契約したジャイロXの事で来た様だ。
「荷物を放りこむのにカゴと荷箱が欲しいと思いましてね」
ノーマルのジャイロXは荷台はあるがメットインスペースは無い。ジャイロXデビュー時の一九八二年は、バイクにヘルメットを入れるスペースが無い物が多かった。原付のヘルメットに着用義務が無かった事もあって必要無かったのだ。
「なるほど、定番やな」
今回竹原君が買ってくれたジャイロXは
「そこでホームセンターで鍵付きRVボックスを買ってきましてね、四月に登録するまでに付けてもらおうかなって」
鍵付きボックスなら盗まれたくないものを入れておける。貴重品はダメだがヘルメットやレインウェアくらいなら入れておいても大丈夫だろう。
「OK、取付けはサービスしとく」
「あと、フロントスクリーンも付けてほしいんですよ」
フロントスクリーンが有れば風を防げる。
「そっちは部品代が欲しいなぁ」
「いくら位かかりますかね? 出来れば一万円以内で」
ジャイロのフロントスクリーンはそこそこ良いお値段だ。透明なシールドだけで一万円を超える。今回はステーも必要だから中古でと行きたいが、中古の純正スクリーンは需要があるのか良品は割安感が無いのと劣化しているからか耐久性もイマイチだ。
「社外品のショートスクリーンと中古のステーやったらなんとかなるかな?」
「ショートですか? どんな感じですかね」
どんな感じと言われると『短い』としか言いようが無い。
「竹原君、時間があるんやったら晩御飯を食べて行き。ついでにネットで見てみよう。説明するより画像を見る方が早い。ついでに赤ん坊にも会っていって」
「いいんですか? じゃあ赤ちゃんの御顔も見せてもらおうかな? 先輩に報告する事も有りますから」
こうして竹原君は晩御飯を食べて行くことになった。
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