第453話 竹原・レイと初対面

 用事で店へ来た竹原君と話をしている間に時間が経ち、閉店時間となった。せっかく来てくれたことだし晩御飯を食べて行ってもらおうと思う。無論レイも見てもらう。最近のレイは俺やリツコさんに反応して手足を動かす様になった。


「う~ん、見た目が先輩に似ているのが心配ですね……」

「どう言う事だゴルァ」


「いや、美人でも先輩に似たら嫁に行けませんよ」

「女の子やのに、俺に似たら悲惨やで」


 幸いな事にレイは俺じゃなくてリツコさんに似ている。特に眼元と鼻がリツコさんソックリだ。当然猫っぽいのも遺伝している。


「料理下手な所が似なければいいですねぇ」

「むぅ、それは否定できない」


 見た目がリツコさんに似るのは良い事だ。だが、料理の腕前が似るのは困る。


「料理は俺が教えるつもり」

「先輩の料理なんて人間が食べる物じゃないですからねぇ」

「何だとこの野郎、これでもカレーなら何とか……」


 実はリツコさん、カレーライスなら何とか作れるようになったのだ。本当に何度も諦めずよく頑張ったと思う。よくこの駄目猫に料理を教えたものだ。偉いぞ、俺。ちなみに今夜の晩御飯はカレーではない。鍋だ。竹原君は手伝いを申し出てくれたけど、お客さんに手伝わせるのは申し訳ない。リツコさんと一緒にレイの様子を見ていてもらう。強面の竹原君だが、レイの前ではデレデレだ。「可愛いのう」なんて言ってる。


「さて、食べますかね」


 我が家ではガスコンロで一度煮てから卓上コンロへ鍋を移動する。これはリツコさんの「すぐに食べた~い」との要望からだ。すぐに食べられるようにして,

ある程度食べてから具を足して行くのが我が家のスタイルだ。


◆        ◆        ◆


「にゃふふふふ~ん、おっ肉♪ おっ肉っ♪」


 今日のお鍋はプリップリのホルモンが入ったモツ鍋。最近の中さんはアッサリしたお肉しか出してくれないから、油の美味しさを味わえるモツ鍋は最高の御馳走だ。だが、そんな私の機嫌を損ねる野暮な男が居る。


「先輩、野菜も食べた方が良いです」

「リツコさん、お野菜をどうぞ」


 竹ちゃんが要らない事を言うから私の小鉢に野菜が盛られた。お出汁で煮込まれたお野菜だって美味しいんだけどさ、やっぱり私はお肉が好きなんだよね。


「にゃうぅぅ~、もっとお肉中心で食べたいよう」

「バランスよく食べるのが大事です」


「あとでデザートがあるから、お野菜も食べてな」

「よかろう、我慢する」


 ちょっとだけ不満に思っていたら、中さんが甘い言葉を囁いた。お鍋のあとにデザートがあるんだって。昨夜、レイにオッパイをあげる合間に作ったんだってさ。お鍋に具を入れたり締めの麺を出したり、私はレイをあやしたりおしめを換えたりでバタバタとした晩御飯。忙しいけれど、寂しく一人で過ごすより良い。


「やれやれ、やっと寝たな」

「一段落したところで、デザートにしようか」

「賛成です。あ、そうそう。先輩に伝達事項も有るんですよ」


 中さんが冷蔵庫から出したのはプリン。「カラメルが掛かってないプリンはプリンと認めないっ!」って主張したらカラメル倍増してくれた。やったね。


「ん~? 何だか優しい甘さですねぇ……」

「美味しいけど、何か違う気がする」


 プリンは優しい味だった。プリンを食べながら竹ちゃんが学校で有った事や新しく決まった事を教えてくれた。中さんはバイク通学規定に関心があるみたい。


「バイク通学規定は少し変化が有りました。車体を変えたらバイク通学許可は再審議です。再審議の場合、成績や素行が悪い物は許可を一年間停止です」


 大きな変化は無いけど成績不振や素行不良の生徒には少し厳しくなったみたい。


「あと、募集人員が減ったのに伴いBコースは廃止。一般生徒と同じカリキュラムになりました。去年の事件の影響で今都中学の指定校推薦は無しになりました」


 実は高嶋高校は指定校推薦での入学枠がある。その数は十人程なんだけど、高嶋高校に推薦を取ってまで入りたいって生徒は少ない。だから知られていないし、実際に指定校推薦で入るのは今都市立中学校の生徒くらいのものだ。高嶋市教育委員会からも推薦枠は出来るだけ今都中の生徒に当てる様に言われている。じゃ無きゃ高校浪人が増えるからだ。


「うん、その辺りは産休前にチョッチ聞いてた。今都の生徒が周りに悪影響を与えなければいいけど……プリンおかわり」

「今都の生徒は各クラスに分散配置、仲の良い者は出来るだけ離す方針です。あいつらはつるむと調子に乗りますが、一人では何も出来ませんからね……ところで、このプリンは何で出来てるんですか?」


 私が二つ目のプリンを食べ始めた時、プリンの味を不思議に思った竹ちゃんがパティシエ中さんに質問した。


「これや、期間限定の材料で作った」


 中さんの手には母乳を入れた容器。


「捨てるのは勿体ないから、有効活用してみた。美味しかったやろ?」

「美味しかったけど、何か嫌です」


 人妻の母乳で作ったプリンを食べて『何か嫌です』とは何て事を言いやがる。しかも微妙な表情をしやがって。母乳を出した私はもちろんだけど、作ってくれた中さんにも悪いでしょ?


「何て事を言いやがる、このやろっ!」

「鈍ってますよ?」


 ムカついたので叩こうとしたらヒョイと避けられた。私のパンチは出産や育児をする間に鈍ったらしい。


◆        ◆        ◆


 竹原君が帰った後、リツコさんはお風呂上りにプリンを食べていた。自分の母乳で作ったプリンが気に入ったのだろうか。


「ねぇ中さん、搾りたての母乳って飲みたくない?」


 ストックしてあった母乳は味見したが、直接飲んではいない。


「ちょっと飲んでみたいな」

「ふふっ……じゃあ……いらっしゃい……」


 この夜、直接飲んだ母乳はほんのり甘く、優しい味だった。そして翌朝。


「中さん、寝てないの?」

「うん、ちょっと色々あってな」


 優しい味に対してお腹には厳しかったらしく……俺はお腹を壊した。大人が飲むものじゃないらしい。

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