第438話 音叉のヤマハ・千客万来
一九八六年から販売されたミントは多くの部品が供給終了している。純正部品の在庫が有ったとしても値上がりは避けられない。となれば部品取り車を買って修理するのが手っ取り早くて安上がりだろう。幸いな事にネットオークションで出品が有ったので入札しておく。書類無しで本体価格五千円の個体だ。特に名車ではなく希少価値も無いから落札できるだろう。オークションが終わるまでの間はなるべく分解して悪い所をリストアップしておくことにした。
「お? 大島ちゃん珍しいやんけ」
「これは仕事と違うからな」
「チョット手伝え、ヤマハのバイクは要領を得ん」
「んな事言うても、(着ているのは)背広やん」
今年は新年早々作業場でミント弄り。初詣帰りの仲間が休憩がてら覗きに来たので巻き込んだった。
「作業着やったら貸す。その代わり手を貸してくれ」
「しゃぁないなぁ」
基本的に盆や正月はバイクの事を忘れて休む事にしている俺だが、今回は仕事ではなくて趣味だ。ノーカウントとしよう。
「ミントか、懐かしいなぁ。ウチの母ちゃんも乗ってたぞ」
「嫁にねだられてな、俺はホンダがメインなんやけどなぁ」
ヤマハミントは女性ユーザーによく売れたらしく、こいつのお袋も乗っていたみたいだ。小さな可愛らしいスクーターだが、とにかく触り慣れない車体なので要領がつかめず作業が進まない。
「仕方がない、助けたる。可愛らしい嫁さんは?」
「お腹が張るって横になってる」
ネジの場所や長さ、部品の配置やワイヤリングをメモしたり携帯で撮ったりしつつ作業するもんだから進まない。本音を言うと誰かに助けてほしかったのだ。
「俺の店で何台か扱ったぞ? たしか部品も在庫が残ってたと思う。大島ちゃんはホンダばっかりやろ? 何やったらオーバーホールしたろか?」
「手間と整備代が掛かるやろ? 困ったら聞きに行くわ」
こんな程度の悪いミントのエンジン・ミッションをオーバーホールに出したらいくらかかる事やらわからない。だが友人は「いいから寄こせ」と言って引かない。
「オフシーズンで暇やから工賃はエエよ、それにもうすぐ生まれるやろ? 奥さんと一緒に居てやれよ。それに、ミントの部品は不良在庫で残ってるはずや……在庫処分に使うから寄こせ」
「そうか、じゃあ頼むわ。部品取り車も買う予定やから足りん部品が有ったら言うてくれ」
友人はオイルと泥で汚れた小さなエンジン・キャブレター・マフラーを持って帰ってしまった。
「おっす、あけましておめでとうやな」
「今度は何を触ってるんや?」
「ありゃ、社長に相談役。まいど」
どんどんバラして外装を剥いていたらまたまた来客だ。今度は高村ボデーの社長とミズホオートの相談役だ。車輪の会重鎮が来たのでインスタントではなくてドリップコーヒーを淹れる。
「大島君、お前がヤマハを触るって珍しいな」
「嫁にどうしてもって言われましてね、お祖母ちゃんとの思い出があるバイクやそうです」
瑞穂相談役の言う通り、俺がヤマハを触るのは珍しい。リツコさんに頼まれなければ修理なんかしない。
「それにしても酷い外装やな、チョット見せてみ」
「ウチでは触った事が無いな」
割れ・欠け・劣化の酷いだけではなく、スプレーで塗った塗装が剥がれてボロボロなミントのカウルを見た二人は顔をしかめた。
「御二人の所で直すほどの物じゃないですよ、一応部品取りも買う予定ですからそっちのカウルをスプレーで塗りますよ」
「こりゃ作り直すか買い換える方がエエぞ」
ここからは高村社長と瑞穂相談役も参加して作業をする。二人とも暇だったから俺を冷やかしに来たらしい。
「ウチでフレームの錆び取りと塗装を請けますわ」
「じゃあ儂はカウル類を直そう。そう言えばハートボデーにエアロパーツ制作会社の知り合いが居たな……カーボンで作らせたろ」
「子供が生まれるから物入りなんですよ……」
「うるさい、もう一発喰らいとうなかったら黙って部品を寄こせ。さっさとタイヤを外してホイールだけにして寄こせ」
「フロントタイヤを外したらフロントフェンダーも取れるやろ? 急げ、老い先短い老人を待たせるな」
塗装が必要な物は高村社長が、カウル関係は瑞穂相談役が持って帰ってしまった。何故か今年の正月休みは千客万来。配線を外そうとしたら電機屋が来てハーネスや電装を持って帰り、メッキ業者が来てはネジやアルミ部品を持って帰る。みるみるうちにミントは丸裸どころか細かな部品だけになり、ネジすら残っていない状況になった。
「ヤマハのマークは音叉のマークやったな。ホンダが未来を目指す為の羽根が付いてたら、ヤマハは何かと共鳴する音叉マークか……んな訳無いか」
出産予定日まで一週間を切った。物入りなのにみんなで部品を持って帰ってしまって、いったいナンボかかるのだろう?
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