第409話 安浦刑事は疲れ気味。

 新学期からバイク通学を始める令司やすでにバイク通学を始めている晃司に愛奈。賑やかに喋りながら走る麗・澄香・瑞樹・四葉。そして『湖岸のお猿』と『猿回しの本田』の異名を取る速人と理恵など、湖岸道路は大島サイクル常連だけでなく色々なミニバイクが走り回る。まだまだ暑いが少しずつ涼しくなってきたことも有り、バイクに乗るには良いシーズンだろう。


 そんな小さなバイク達を紫煙をくゆらしながら見ている二人の生徒が居た。


「なぁ、つとむ。話が違うんじゃヴぇ?」

「何だヴょ……勃雄たつお


 今都市立中学から高嶋高校へ進学した平田勃雄ひらたたつおはフラストレーションの塊と化していた。


「剣道部が無くなるって最悪やん」

「どいつもこいつも頭がおかしいよな、煙草くらいで廃部ってなぁ……」


 平田勃雄は剣道部で一緒だった小屋勉こやつとむに誘われて高嶋高校へ入ったが、喫煙のペナルティで早朝の掃除はさせられるわ、剣道部は廃部になるわバイクの免許も取れないわの災難にあっていた。


「可愛い女子は多いけど、別コースやから近寄ろうにもガードマンが居るしよ~」

「クラスの女子は中学と変わらんメンバーかヤンキーばっかりやもんな」


 おまけに可愛いと評判の女子生徒にも近づけない。これでは何のために高嶋高校へ進学したのか解らず不満が溜まっていた。


「高嶋高校ってバイクの免許を取っていいはずだったよギャ?」

「だから何?」


 勃雄は剣道で人を叩けないならばとバイクに乗ってストレスを発散しようと思った。ところがバイク通学規定で自分の家の周りは免許取得許可が下りない地域だった。無免許で乗ろうと思ったが、噂によるとバイクを盗んだり無免許で乗ったりすると拳銃を突きつけられて取り調べをされるらしい。剣道をやっていても銃が出て来ると敵わない。


「剣道部は無くなる、バイクの免許は取れない、ストレス解消に他の生徒を虐めようとしても通学時間や校舎が違って叩きにも行けん。自分のクラスは身内(今都市立中学校・小学校卒業生)やから叩いてストレス発散も出来ん。他のクラスに乗り込もうとしたり、可愛い女子に声をかけようとしたらガードマンに阻止される。何なんコレ?」

「知らん」


 あまりに腹が立ったので早朝掃除の時に監視役の教師に殴り掛かったら軽々と避けられおちょくられた。素手では敵わないと木刀や竹刀を持って来て殴りかかったら軽く受け止められて木刀も竹刀も取り上げられてしまった。しかも新しく『校内に武器・武具の持ち込み禁止』と決まりが出来て、父兄から嘆願書が出ていた剣道愛好会の設立も立ち消えしてしまった。剣道が出来ないとなっては意味が無いと退学してしまった者が数名。高嶋高校剣道部の八十年近い歴史はあっけなく木端微塵に砕け散った。


「剣道で人を叩けない・バイクに乗れない・バカを虐める事が出来ない・彼女は出来ない・暴れると滅茶苦茶怖い目に会わされる……高嶋高校へ来た意味って何?」

「俺かってあんな怖い先公が居るって知らんかったもん……」


 剣道部の部室で今都煙草を吸ってフワフワと良い気分になっている所を生徒指導の教師竹原に注意され、腹を立てた剣道部の数名は各々の得物を振り回して襲い掛かった。


「手応えは在ったってみんな言うてたのになぁ……」

「本当にあいつを叩いたんぎゃ? 地面を叩いたんぎゃヴぇ?」


 今都煙草で酔っていたが面を打って地面を叩くほどではなかったと思う。


「勉も叩いぎゃヴょんな……どうやった?」

「堅かった……岩でも叩いたみたいやった……その後が怖かった……」


 一斉に生徒指導の教師を叩いたはずの剣道部の面々は何か固いものを叩いたかのような衝撃に思わず得物を手放した。


「思いっきり木刀で叩いて……叩けたんかな?」

「さぁ……」


 担当教師はその手放した得物を「はい、こんなもんね」と笑いながら拾い集めて没収してしまった。しかも、事も有ろうか『天からの贈り物』や『未来を担う今都の宝珠』と呼ばれている自分たち今都のお子様をギロリと睨めつけて「っ♡」っと叱った。これは許しがたい鬼畜の所業である。


「もう今都煙草でも吸って酔っぱらうしかねぇなぁ」

「安いのは効き目が薄いけどな……効くのは酒羅魅さらみ区で採れたやつやけど高いもんなぁ……酒より安いけど」


 小屋と平田が吸っているのは粗悪な今都煙草だが、五本・十本と吸い続ければ気分は高揚して目が冴える。


「(今都煙草を)買いに行くか……商店街裏の公園だっけ……」

「癖になるよな、止められねぇ」


 小屋勉と平田勃雄は今都煙草の売人に連絡をしてから歩き始めた。


◆        ◆        ◆


 以前から四段ミッションを欲しがっていた安浦さん。オイル交換に来てくれたので「こんな物が入りました」とミッション一式を見せるとパァッと明るい表情になった。だけどクッキリついた眉間の皺が消えない。仕事で根を詰めているのか疲れているように見える。リツコさんなら「眉間の皺が消えてないぞっ♡」と言って人差し指で眉間をクリクリする所だが、俺がしても癒されないのでやめておこう。


「忙しそうですね、疲れてます?」

「ええ、まぁね。少し忙しくって……ギヤ交換は仕事が片付いたらお願いしますね」


 言葉が少ないのは外部に話せないからだろう。


「そうそう、海外の紙幣の巻き煙草ですけどね」

「ほう……聞きましょうか」


 安浦さんの眼がギラリと光った。刑事モードの安浦さんの眼は竹原君に負けないくらい鋭い。


「噂に詳しい連中を呼んでみますか? 知ってるかどうかはわからんけど」

「お願いします」


 携帯を鳴らして何件かに声をかけると安井のオッサン・木原建具店・バーバー平井の三人が来てくれた。安井のオッサンは情報通だし、木原建具店は元消防団員で今都の事を知っている。バーバー平井は俺の行きつけの散髪屋。散髪屋は噂が飛び交う社交場でもある。


 安浦刑事が今都煙草の写真を見せて説明をすると、最初に情報を出してくれたのは安井のオッサンだった。


「今都煙草なぁ……そう言えば今都の議員が吸ってた煙草がクラクラする奴やったな……車の中で吸われると運転してるこっちまでクラクラした。儂が思うにアレは只のタバコと違うぞ、議員の名前はな……」

「公用車は何年か前に禁煙になってますね、(今都煙草は)昔からあったんやなぁ」


 安井のオッサンが挙げる名前を安浦刑事がメモする。安井のオッサンに続いて情報をくれたのは木原さんだ。


「今都の何処やったかいなの(消防団の)部が夜警の最中に事故ってたな……車内で気分が悪くなったとかで、入ったばっかりのポンプ車を全損させてたなぁ」

「事故やったら交通課に聞けば分かるかな……」


 木原さんの情報は若干古い。今都のポンプ車全損の話は三~四年前だったと思う。市の広報に出た翌日に田んぼに突っ込んで全損だったっけ? 飲酒運転だったと噂されていた。


「今都煙草ですか?……蒔野の奴が何か言ってた気がするなぁ」


 バーバー平井は高嶋市商工会に所属している。市になって以降、色々と今都に苦労をさせられている様だ。


「祭りで煙草を注意された奴が喧嘩したって話は聞いたことがありますねぇ」

「ほう……なるほど、どこの祭りか覚えてますか?」


 安浦刑事は話を聞いてはガリガリとメモを続け、一通り書き終わると手帳をパタンと閉じた。


「本日はありがとうございます、あと、気になる事が在りましたらどうぞ」


 安浦刑事の一言にハッとしたのはバーバー平井だ。


「そういえば……」


◆        ◆       ◆


 このところリツコさんのお腹はグングン大きく育っている。それは良いのだが、はち切れてしまった皮膚が痛々しい。お風呂上りでホカホカなうちに保湿クリームを塗っていても育つお腹に皮膚が追い付いていない。


「どうしても妊娠線が出るなぁ……」

「そう? でも仕方ないよね、ウエスト五七㎝が今じゃ八〇cm近いんだもん」


「今日な、皆で話してたら言われたんやけどな……」


 お腹に保湿クリームを塗りながら一日の出来事を話した途端、リツコさんの表情が曇った。


「にゃうぅぅぅ……それは私にも否定は出来なぁい……」

「ホンマ?!」


 よりによってバーバー平井は「大島さんの髪の毛が細くなっているのが気になります」と言ったのだ。更に、もうスポーツ刈りは厳しいとまで……。俺は禿げかけているのではなくて禿げているのだそうな。


「だけど、私は気にしないから……ね♡」

「俺が気にするわ……」


 翌月から俺の頭はスポーツ刈りから五分狩りになった。散髪屋は手間がかからず気を使わずに済み、俺は散髪代が三八二〇円から一八〇〇円となって安上がりに……。


「でも、ウチの売り上げは下がるんですよねぇ……」


 散髪屋は何か言っているが……知らん!


※作品中に未成年が喫煙する描写が在りますが、二十歳未満の喫煙は法律により禁止されています。作品は法律違反を推奨する物ではありません。

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