第408話 今日子は別行動
原動機付自転車は二種類ある。大まかに分けると一種と二種だ。最も大きな違いといえば法定最高速度と免許だろう。原付一種は時速三十キロ、原付二種は時速六十キロ。免許だって違う。五〇㏄未満なら原付免許で、五〇㏄以上は小型自動二輪免許だ。
「せ~んぱ~い!」
廃車三台の使える部品を寄せ集めて作った今日子のトゥディはノーマルの四十九㏄なので一種登録。制限速度は時速三十キロと少々遅い。他の二年生よりスピードを出せない分、少し早く家を出ることになる。先行している今日子に他の生徒が追い付くのは元高嶋市市役所新庁舎建設予定地前の直線と言ったところ。そこまではひとり旅が続く。
「待ってくださいよ~! せんぱ~い!」
(おっちゃんに頼んで二種にしてもらおうかなぁ……)
同じホンダトゥディでも同期の藤樹四葉の愛車はボアアップ・ビックキャブレター・プーリー交換で時速六〇キロ巡航も可能らしい。しかも最高速は『出したこと無いけどもっと出そう』だとか。今日子のトゥディもスロットルさえ開ければ時速五〇キロ位でなら巡航できるだろう。だが、同じ車体でも法的に時速六十キロで走っても大丈夫な四葉に対して自分はスピード違反になる。法を破ってまでスピードは出したくないし、スピード違反で捕まって免許を汚したくも無い。ほんの少し排気量とナンバープレートの色が違うだけで大きな壁がある。
その割にお役所に納める税金が同じなのは何となく損をしたようで納得がいかない。逆に二種登録の友人達に言わせるとお得な気分らしいが。
(同じ使うなら、反則金より改造代に使いたい)
「聞こえないんですか~! せんぱ~い! お~い!」
おっちゃんが言うにはボアアップキットにプーリーキット(ファイナルギヤ付き)の交換まですれば時速八十キロも夢ではないが、お手軽に二種登録だけしたいのならボアアップキットだけを組めば比較的安く出来るらしい。
(でも国内改造メーカーのフルキットは手が出ない)
「おはようございま~す! 先輩見て見て~!」
台湾製のボアアップキットを丁寧に修正した物を使う場合はキャブレターとマフラー交換も必要だが大幅なパワーアップが出来る。免許は最初から小型自動二輪だから問題は無い。バイク通学をする様になって、定期を買わなくて良くなってからそこそこ貯金は出来ている。
(お小遣いも貯まったし、おっちゃんに相談してみようかな……)
「せ・ん・ぱ・い!」
おっちゃんからチラリと聞いた事が在るのだが、アジア諸国が製造したバイク関係の部品のうち、台湾製部品は仕上げこそ荒いところが有るものの材質や品質はわりと良くて当たり外れが少ないそうだ。『良いものを作ろうとしてあと一息な感じ』らしい。『バリ取りとか細かな仕上げが要るけど使える』んだとか。
(手間はかかるみたいやけど、安くて使えるならOKかな……)
「僕も免許を取れましたよ~!」
逆に当たり外れが多いのは中国製の部品に多いらしい。噂では聞いていたけれど、おっちゃんも『良いと思って仕入れたら次のロットはハズレやった事が在る』と言っていたくらいだからそうなのだろう。韓国製に関しては何も答えてくれず、只々嫌そうな顔をするだけだった。同じアジア圏内なのに違いが面白い。
(そう言えば麗ちゃんはシリンダー修正でも二種に出来るとか言ってたな)
「これからは毎日一緒に通えますよ~!」
純正シリンダーを修正してそれに合うオーバーサイズピストンを使うと排気量アップはせいぜい数㏄。マフラーやキャブレターはそのままで良いがパワーはそれ程出ない。パワーアップに関して言えばコストパフォーマンスがイマイチだ。だが車体にかかる負担も小さい。パワーアップが原因でタイヤが早く擦り減ったり細かな不調が起こる事も無いだろう。
(どちらも一長一短……か)
「先輩! 聞こえてますかっ!」
そんな事よりもさっきからミラーにチラチラ映る青いバイクが気になる。何か叫んでいるが知った事ではない。無視していたら横に並んできて何か騒いでいる。
「うるさいっ! 並走は禁止っ!」
「聞こえてるんじゃないですかっ! どうして無視するのっ?!」
散々無視されて仕方なく今日子の横に並んで話しかけていた令司は怒鳴られて半泣きになった。
◆ ◆ ◆
授業が終わり、みんなと一緒に帰ろうと駐輪場へ向かった今日子だったが……。
「今日子ちゃん……彼氏とごゆるりと……」
「大島のおっちゃんが『人の恋路を邪魔する奴はモンキー純正ブロックタイヤに足を踏まれてしまえ』って言ってたしなぁ……」
「でぇとでしょ?」
「逃すなやっ☆」
「ちょっと待って! 何?! 私が何か悪い事したん?! 彼氏と
「「「「ばいちっ!」」」」
今日子は必死になって四人を引き留めようとしたのだが、そんな今日子を振り切って四人は盗んでいないバイクで走り出す。行く先は各々の家、そんな十七歳の秋。
「行ってしまった……」
追いかけたところで時速三十キロまでしか出せないトゥディでは追いつけない。四人に置いていかれた今日子は途方に暮れた。
「なんて日だっ!」
そんな憤る今日子の背後に影が現れた。トレンチコートを着た警部なら『くそう、一足遅かったか。怪盗め、まんまと盗みおって……』なんて言う所だが、残念ながら今日子が大好きな渋いおじ様ではなくて、少し着崩した制服のチャラ男である。
「先輩、一緒に帰りましょうっ!」
「用件を聞こう……だが私の後に立つなっ!」
ドスンッ!
「ぐほっ!」
驚かせようと気配を消して近寄った令司は、今日子が振り向きざまに放った強烈なボディーブローを受けて崩れ落ちた。
◆ ◆ ◆
結局今日子は膨れっ面でトゥディに乗り、令司と一緒に大島サイクルを訪れることになった。
「男と女は解らんもんやぞ、嫌ってんで仲良うしてみ……」
「いやっ!」
「そこまで嫌がらんでも良いのに!」
仲良くしてみればと言いかけた大島に被せての拒否。打たれ強い令司だが、あまりの冷たさに少し傷付いた。
「そんな事より本題に入ろう……おっちゃん、二種登録って出来る?」
「先輩、『そんな事』ってあんまりっす」
傷付く令司を無視して今日子は簡潔に用件を伝えた。
「あのなぁ、二種登録するんは時間もお金もかかるんやで?」
「そら要ると思うけど、なるべく安くでやとどれくらい?」
今日子はバイクに詳しくないが、同期の今津麗からシリンダー修正ならキャブレターやマフラーを換えなくても合法的に二種登録出来ると教えてもらった。よく解らないが自分のバイクでも出来るだろう。
「ん~っと、内燃機屋に頼んで合うピストンを捜してもろてピストンに合わせて純正シリンダーのボーリングってところ。二万円ももろたら出来るけど、今日子ちゃんのエンジンは調子が良いから触らん方が良いと思うけどなぁ」
乗っている本人は気がついていないが、今日子のトゥディに積んだエンジンは程度が良い。比較的おとなしく乗られていた車体から降ろしたため、今になって調子が出てきているくらいだ。
「どうしてもって言うなら弄るけど、調子よく動いてるのに分解は勿体ないと思うけどな……どうしても友達と同じ様に走りたいって言うならやるけど」
友人たちは同じペースで走ってくれていたのに最近になって自分を置いて行くようになった。時速三十キロまでしか出せないならそのうちこの少しうるさい後輩は我慢できずに先に走ってゆくだろう。そうなればまた静かに走る事が出来る。
「この八一㏄のキットはパワーが出るけどハイオク指定でガソリン代が掛かるで? シリンダー修正やったら部品取りがあるし、それから外して外注してってなるなぁ」
「ん~っと、ちょっと考えます。しばらく保留で」
「二種登録したら一緒に走れますよねっ」
今日子はとりあえず二種登録は先送りにすることにした。そして、令司は無視することにした。
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