第401話 Tuned specifically for high school student⑤

 誰かが『バイクはエンジンに跨っている様な物』と言っていた。それだけバイクにおけるエンジンの比率は大きな物だ。ホンダ横型エンジンは二組のボルトナットで車体に取り付けられる小さなエンジンだが、在ると無いとで車体の存在感が全然違う。車体を組んでいてタイヤが付いて自立する様になっても『バイクらしくなった』と思う程度だ。だがエンジンを載せると途端にバイクらしさがグッと増す。エンジンを搭載した途端に『オートバイらしくなる』のではなくて『オートバイになる』のだ。それは実用車であり世界で最も親しまれているスーパーカブであっても変わらない。


「ホレ高石君、そっちを持ってくれ」

「なぁおっちゃん、これって本当にあの店に在ったエンジンなん?」


 卒業検定までもう少し。自分が乗るバイクは何処まで作業が進んだかと教習所の帰りに令司はミズホオートを覗きに来た。覗いて少し話をして帰ろうとした思っていた令司だったが、エンジンを持ち上げようとする瑞穂が辛そうだったので手伝うことにした。瑞穂は「お客さんに手伝ってもらうのは申し訳ない」と断ろうとした。だが令地は「ぎっくり腰にでもなったら大変」と半ば無理矢理作業に加わったのだ。


「そうやぞ、キレイに組めてるやろ?」

「前に見た時と全然違う」


 少し前に見た時、エンジンはお世辞にもキレイと言える状態ではなかった。だが、目の前にあるエンジンは何と言えば良いのだろう。くたびれて動くか心配だったのが嘘の様な佇まいでエンジンジャッキの上に載っている。


「これが『大島マジック』って奴や」

「何それ?」


「魂が込められるんや」


 整備性が良くて社外部品も豊富に出ているカブ系エンジンは何処の店でも修理や改造は出来る。だが、上手く組めるか否かは別だ。


「他のバイクやったらあの小僧に負けんと思うけどな、カブとカブ系エンジンに関してはあの小僧には敵わん。ま、あの小僧も師匠と比べるとまだまだやがな」


 何が違うのか解らないが、カブ系エンジンは大島サイクルが組んだものが一番調子が良いと車輪の会では評判だ。大島サイクルで組んだカブ系エンジンを積むバイクはまるで狂おしく身を捩る様に走る……なんて事は無い。学生を高嶋高校まで運び、時には遊び相手になりつつ卒業後も足代わりとなって元気に走り回る。学生以外のユーザーにとっても乗りやすく使いやすくなるチューニングが施されるのだ。


「ふ~ん、よく解らんけど」

「乗れば解る。で、教習は進んでるか? こっちは盆までに完成と思ったんやけど……すまん」


「気にせんといて、僕も夏休み中に何とかなるかな~くらいやし」


 教習所の盆休みまでに何とか免許が取れるかと思っていた令司だったが、思ったより教習は進んでいなかった。三年生や大学生が四輪の免許を取りに来ているからだ。それでも教習所の受付嬢が言うには「今まで今都担当やった指導員が一般に回ってるから余裕が有る方なんですよ」なんだとか。


「夏は混むさかいな。春のうちに取っとくべきやったのう」

「いや、春はまだ十五歳やったし」


 話しをしている間も作業は進む。重いエンジンをジャッキに乗せれば力仕事は終わり。ここからは瑞穂の経験とカブの作業性の良さが相まって作業の進捗率はグングン上がる。ボルト二本を通してナットで固定。リヤブレーキペダルに取りつくスプリング、チェーンスライダーにチェーン、そしてカブのアイコンでもあるチェーンカバー。


「チェーンのカバーは変えんの?」

「変えたくなったら変えたらええ。おっちゃんは服が汚れん様に付ける」


 瑞穂が作業を進め、令司が手伝って作業が進む。配線や配管を繋げて燃料タンクにガソリンを入れた所で瑞穂は令司にエンジンをかける様に言った。


「暑いからチョークは無しでかかるやろう。かけてみ」

「えっと、ニュートラルランプが点いてる状態でキックペダルを踏み下ろすっ……と」


 数回のキックの後にエンジンは目を覚まし、鼻歌でも歌う様にテコテコと音をたててアイドリングを始めた。


「クラッチの様子を見るしちょっと代わってくれるか」


 ガチャガチャとペダルを動かす瑞穂だったが何回か動かすと「ふむ、こっちも調整済みか」と言ってエンジンを止めた。


「あとは少しだけ走らせて細かな調整やな、登録と保険は任せてくれ」

「はい、じゃあ僕は免許の方を頑張ります」


 夢中で作業を見ているうちに時間は過ぎて夕食の時間が迫って来た。


「あ、そろそろ帰ります」

「そうか、お家の人によろしくな」


 盆までにスーパーカブは出来上がらず、免許も取れなかった。少し残念に思いながら令司はママチャリのペダルを踏みしめて家路を急ぐのだった。

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