第400話 Tuned specifically for high school student④
今日は出来上がったエンジンを届けにミズホオートへ行く。ついでに瑞穂会長の様子を聞こうと思っていたのだが、瑞穂会長はとっくに退院してカブのフロント周りを組み付けていた。
「会長、倒れたって聞きましたけど大丈夫なんですか?」
「ん~、まぁボチボチやな」
この暑さではへばって当然だが、会長の声に元気がない。
「暑いし無茶せんと居てくださいね。頼まれたハンドル周りの部品を置いておきますね」
「サンキュ、すまんの」
いつもなら『うるさいっ! これ位でくたばって堪るかっ!』みたいにスパナの一つでも飛んできそうな(仕事道具は投げたりしないが)勢いで怒鳴り返して来るのに、今日の会長は琵琶湖の水面の様に静かだ。
「あ~、大島さん。ちょっとこっちへ来てもらえます?」
不思議に思っていたら社長に呼ばれた。
「はい。大介さん、まいど」
「大島さん、会長なんですけど……」
社長の大介さんが言うには、会長が倒れたのは脱水症状から来る熱中症だったらしい。だが、念の為に調べたら不整脈も出ていたらしく、煙草や酒も止めておく方が良いと言われてしまったそうだ。
「大介さん、会長も歳やで。どこなと悪い所が在って普通やと思うで」
「僕もそう思うんですけどねぇ、困ったもんですわ」
健康が自慢だった会長がすっかり落ち込んで、退院してからは黙々とカブを組み立てているらしい。
「バイクを触る気力が在るんやったらまだ大丈夫」
「このままボケたりせんと良いんですけど……」
会長はどちらかと言えばツッコミなのでボケないと思う。
◆ ◆ ◆
何とかミズホオートからの仕事を終えたので、明日からは盆休み。リツコさんは安定期に入った事だし悪阻も軽くなったみたいだ。運動がてら何処かに出掛けるのと良いかもしれない。
「リツコさん、どこか行きたいところはある?」
「ん~っと、暑いから涼しい所に行きたい。あとは服を買いに行きたいかな?」
リツコさんの普段着は体のラインが出たりスリットが入った物が多い。今日は暑いのでお母さんが若い頃に着ていたサマードレスなんて着ているが、チュニック?とかふんわりした服の在庫が少ない。夏用のパジャマも少ないのだろう。お風呂上りや寝間着に俺のTシャツなんかを着たりしている。
「パジャマも買いに行く?」
「せっかくだからお出掛けしたいなぁ……守山とか近江八幡とか。晶ちゃん達みたいにお出掛けしてデートしたいよぅ……」
葛城さんと浅井さんはリツコさんのゼファーを借りてデートに出掛ける事が増えた。ゼファーを借りに来るたびに葛城さんのイケメンに磨きがかかっているのが面白い所だったりする。
「ショッピングモールとか連れてって」
お盆の渋滞は嫌だが買わなければならない物も多い。俺のTシャツもくたびれた物が多くなってきたことだし買い物がてら遠出して美味しいものを食べるのも悪くない。草津に有る大きなショッピングモールで散歩がてらウロウロ店を巡ってから外食なんて悪くない。
「そうやな、少し混むけどお出掛けしよっか?」
「うん!」
出不精の俺だがリツコさんとのお出掛けなら頑張ろうと思う。お腹が大きくなってきたことだし、子供が生まれると出掛ける事が出来ないだろう。ここからは俺にとって人生の未体験ゾーン。盆休みは仕事の事を忘れて思い切り楽しもうと思う。
◆ ◆ ◆
ミズホオートの作業場では会長の瑞穂が汗を拭き拭き令司のカブを組み立てていた。最近のカブにC一〇〇風のライトカバーを組み合わせたレトロスタイル。ハンドル周りは敢えて趣を変えて軽快なバーハンドルキットを装着。リヤ周りは大きく変更はしていないもののリトルカブ用ウインカーとモンキー純正の輸出用テールレンズで個性を出す。我ながら上手くまとまったと思いつつ作業をしていると息子でありミズホオートの現社長である大介が声をかけた。
「会長、いや、親父。病み上がりで無理すんな、そろそろ今日は作業を止めよう」
「もう閉店時間か、やれやれ、歳は取りたくないのぅ」
若い頃ならばとっくに作業は終わっているだろう。だが、目の前に有るカブは完成していない。エンジン周りがポッカリと空いたカブは瑞穂の眼には魂が入っていない様に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます