2019年8月 今年も夏は暑い

第395話 教習所は大混雑

 夏休みはバイク通学を始める一年生だけではなく、三年生も就職の為、そして自身の未来の為に普通自動車免許を取ろうとする。


「ふぅ……何でクルマのペダルってあんなに遠いんやろうなぁ」

「理恵が小さすぎるのよ」

「綾、ちょっと酷いぞ」


 おかげで若者の自動車離れが進む昨今でも真旭自動車教習所は大混雑。


「うう……それは否定できひん。もう一個クッション持ってこようかな……」

「そうだね、まるで自動運転のクルマみたいだったよ」


 三年生が四輪の教習を受ける一方、夏休みの少し前に愛車を失った令司もこれ以上電車通学なんて御免だとばかりに熱心に教習所通いを続けていた。だが、休み前にある程度進んでいた教習はこの数日間、若干停滞していた。


「今日はもう空いてないですか?」

「もう一杯です。指導員も全員出切ってるし、キャンセル待ちですねー」


 学科はポンポン進むのに実技教習が進まない。これは小型自動二輪免許を持っている三年生が学科を受ける必要が殆ど無いからだ。


「仕方がない、学科だけでも進めるか」


 ここで上手く実技教習を受けられたならば学科教習へ待ち時間無しだが、キャンセル待ちではどうしようもない。ぽっかりと空いた一時間を令司は待つしか無かった。


「あ~あ、免許だけでも取っといたらよかったなぁ……」


 令司は自販機でパックのいちごミルクを買い、ボンヤリと外を眺めていた。三年生の中には教習段階が進んでいるのかコースを数周して道路へ向かう教習車もチラホラ見られた。


「免許を取ったら……瑞穂のおっちゃんは何を用意してくれるんやろう?」


◆        ◆        ◆


 令司が教習コースを眺めていた頃、ミズホオート会長の高畑瑞穂が毎度のことながら周囲を振り回していた。


「……と言う訳で、このライトカバーをこのフォークに付くようにしてくれ」

「まぁ、断った所でゴリ押しして来るでしょうから引き受けますけどね」


「その代わりに今回は手間賃をはずむから頼む」


 瑞穂会長と言えば一線から退いたものの、町内の顔役であり、相談役でもある。頼むと言われると引き受けない訳にはいかない。


「いつもやったら『うだうだ言うてんとやれっ!』の社長が『頼む』なんて珍しいですね、何か有ったんですか?」

「トラブルで預かり(修理)のが全損になってしもて……弁償なんや」


 弱気な瑞穂会長は珍しいのだが、ミズホオートが全損で弁償なんてこの数十年間無い。


「全損? 事故ですか? まさか修理ミスですか?」

「アホ言うな、今都よ……ゲヴォが来よったんや」


 『ゲヴォ』とは今都町住民の事である。今都言葉で特徴的な語尾が由来だ。


「げっ、ゲヴォですか、最悪っすね」

「そうよ、最悪なんや。頼むわ」


 面倒な仕事だが、今回はいつもの恩を返す為にも引き受けた方が良いと判断したアートボデーはC一〇〇レプリカのヘッドライトケースとC五〇のフロントフォークの加工を引き受けた。


「加工無しでは合わんので、削ったり絞ったりの加工が要りますけど何とか……なるでしょう。フレームとかサイドカバーは塗れたし(軽トラに)積んどきますね」

「おう、請求書はまとめてで頼む」


 ハートボデーの兄ちゃんは「了解」と返事をしてフレームや緩衝剤に包んだサイドカバーやその他の部品を軽トラックに積んだ。


◆        ◆        ◆


 暑くなって道の駅の特産品コーナーに夏野菜が並ぶ時期になった。リツコさんが大好きなトウモロコシが出ていたので茹でて適度な大きさに切っておく。風呂上りに涼みながら少し食べるくらいなら良いだろう。お菓子じゃなくて野菜やからね。繊維質も採れる。お通じも良くなるだろう。


「にゃふふ~ん、とうもころし~♪」

「晩やし三つだけやで」


 一粒ずつ千切ってトウモロコシを食べるリツコさんを横目に俺はオークションウォッチング。欲しい時に見つからず、要らない時に見つかるのが部品と原付だったりする。まぁ普段からコツコツ探して在庫しておきなさいって事だ。今回の標的ターゲットはシフトパターンを決める『シフトドラム』って部品だ。


「さぁどうなるか」

「えへへ~美味しいね~」


「しっかり噛んで食べや、そのまま出てくるで」


 そんな所へ出てきたCD五〇だかダックスだか何だかの四速ミッション用のシフトドラム。今のところ競合相手も無く開始価格のまま推移している。残り時間はあと十分。価格は一五〇〇円。このままで落札できれば御の字。あと三〇〇円までなら出してもよいが、それ以上なら熱くならずに別を探す。


「あと三分」


 俺はロータリーシフトが好きだ。俺は無が市の事故が原因で足首が上手く動かない。踏めばシフトアップしていくロータリーシフトはワンダウンスリーアップのリターンシフトより楽で良い。


「このまま決まるかな?」


 そして、学生たちにとっても良い事が在る。靴が傷まないのだ。女の子がローファーでシフトペダルをかき上げると靴の爪先が傷んでしまう。野郎のスニーカーでも同様だ。踵でシフトダウンが出来るシーソーペダルと相まってロータリーシフトは高校生に評判が良い。


「ん?」

「リツコさん、どうしたん?」


 リツコさんが首をかしげてお腹を押さえている。


「何かお腹がグルグルする」

「オナラくらいしてもかまわんで」


 そんな会話をしている間にオークションは終了。送料込みで二千円少々ってところだ。キックペダル一式は在庫が有るからこれでCD五〇のミッション周りが揃った事になる。トータルすれば五千円少々で四段ミッションが揃った訳だ。


「オナラじゃないと思うんだけど、なんか変」


 相場は一万五千円前後だから悪くないと思う。走行中はボトムニュートラルのリターンシフトで停止時のみトップギヤからニュートラルにシフトできるニューロータリーじゃないのが痛いところだが、ニュートラルランプを明るいLEDにして対策をしておけば『地獄の六速』4-N-1にシフトしてエンジンを壊す事は無いだろう。


「もうトウモロコシは止めとき」

「うん、そうする」


 ……と言いつつ、リツコさんはトウモロコシの一番実の付いている真ん中の部分を三つ食べていたのだった。俺は先っちょの身の入っていない所と付け根の食べにくい所を食べながら出品者とやり取り。


「ねー中さん」

「はいはい、ちょっと待ってやっと」


 支払方法はコンビニ払いを選んでエンターボタンをポチリ。便利な世の中になたっと思う。


「はい終わった、どうしたんや?」

「もしかして、赤ちゃんが動いたのかも……」


 四か月を過ぎた辺りから胎動が感じられると医師が言っていた。お腹にいる赤ちゃんは元気らしい。思わずお腹に手を当てて問いかける。


「元気ですか~? 元気が有れば何でも出来る。おぎゃーと生まれて元気に育つ」

「まだ言っても解んないよ。でも、元気ですか~?」


 まだまだお腹の中で『ダ~ッ!』する気配はない。


「中さん、それとね、安定期に入ったら静かにすれば大丈夫だって先生が言ってたね」

「大丈夫かなぁ?」


 安定期に入ったら仲良しをしても大丈夫らしい。注意事項は数点あるらしいが。


「にゃ~う」


 リツコさんの声色が変わった。そして久しぶりの背中に抱きついて来てからの耳たぶの甘噛み。


「大丈夫よ、でも『ゆっくり静かに浅く』ね……はむっ♡」

「了解。じゃあお布団に行こうか……」


―――――合……ちょっと待った。


 さあこれからと思った時、大事な事を思い出した。


「リツコさん、ちょと待ってや。アレを着けんと……あれ?」

 

 引き出しに入れてあったはずのアレが無い。


「あ、要らないと思って晶ちゃんにあげちゃった」

「ああ……じゃあ今日はお預けやね」


 リツコさんは非常に不満気だが仕方がない。


「にゃう……そんな~」

「抱っこしてナデナデで我慢して」


 俺だってその気になったのに、なんてこったい。





―――――――― 合体中止!今夜はお預け ――――――――





 何で渡しちゃったかなぁ……。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る